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被爆2世の精神科医

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(月)

01月

エッセイ

広島・長崎両市長によるオリンピック招致活動ついて、JOCが「1都市開催」の五輪憲章に抵触するといったことで、長崎市は断念することになったが、この両市長の共同招致活動には賛否があった。ただ、両市長には、あの被爆の惨状を「風化」させず、核廃絶へとの想いをオリンピックに託し、開催することで広く伝えたかったに違いない。
だが、「風化」させず、核廃絶に繋げる一番有効な術は、あの被爆の惨状が再び起きるのでは、といった気がかり、心配、つまり「不安」を多くの人たちが持ち続けることである。

ところで、長崎は爆心地と地形の関係で被爆地域としての認定が、爆心地から南北にそれぞれ約十二キロ、東西には約七キロと歪(いびつ)な状態になっている。そして、その認定地域は、被爆者援護法に基づく健康診断特例区として、その地域で被爆、あるいは放射能汚染を受けた人には医療機関で医療費が免除される等の被爆者健康手帳(原爆手帳)が交付されている。これに対して、同じ距離で被爆したのに不公平ではと、「被爆地域拡大」を県・市は国に対して求めてきたが、国は「科学性・合理性に配慮しつつ検討を...」と慎重な姿勢を示してきた。しかし、2001年、これまで被爆地域外とされてきた十二キロ以内の方々に外傷後ストレス障害(PTSD)が生じているとの報告書が作成された。
外傷後ストレス障害(PTSD)とは、ICD10(精神科および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン:中根允文ら監訳)によるよ「ほとんど誰でも大きな苦悩を引き起こすような、例外的に著しく脅威を与えたり破局的な性質をもった、ストレス性の出来事あるいは状況...(すなわち、自然災害または人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲になること)、...」と定義付けしている。爆心地近くで被爆されていたのであれば、そんな体験を多くの方々がされたであろう。私も20数年前になるが、爆心地近くで10歳ごろ被爆され、何時の頃からか、年に数回被爆の惨状が頭の中に映像のごとくよみがえり、その間連続飲酒に陥り悩んでいると言って受診された当時60歳代前半の方を知っている。この方は明らかにPTSDによるフラッシュバックを示しておられた。
だが、爆心地から十キロ余り離れた地域で、原爆の閃光、またはきのこ雲を見たからPTSDを発症するのかと言われると、それは精神科医として疑問である。それも、2008年からだったか、被爆当時0歳児もその対象となった。これでは、少しいき過ぎかなとも思う。
ただ、この報告書の評価等において、原爆被爆体験と「不安」との関係について触れている。それなら分かる。原爆が投下された当時、その閃光、きのこ雲が何であったか分からなかった方、あるいは、そのことすら記憶していない方(0歳児)が、その後、その実態を知って「不安」になり、その「不安」を持ち続け、結果それが老いて、何らかの心身に対する健康被害に結び付くと言うのなら、私のような現場の精神科医でも了解できることである。

ただ、そうなると、私たち被爆2世はどうなるのだろうか。爆心地近くで被爆、または、その後爆心地近くに足を踏み入れ放射能汚染を受けた親を持つ被爆2世は、少なくない。
さらに、私は昭和22年生まれであるが、そんな私たちの世代が物心つく時期に、太平洋上の水爆実験で放射能汚染をしたあの第五福竜丸事件がおき、「死の灰」という表現が盛んに報じられた。それは、被爆の「不安」を、私たち世代がより意識するのに十分なできごとであった。
また、報告書では、「(被爆者として)認定されてないにも関わらず、被爆に関連づけられた偏見などの対象となった...可能性...」も今後の調査の課題と触れている。それは、被爆2世も同じである。私たち夫婦はお互い被爆2世だ。しかし、他県の異性と結婚を意識したが、被爆2世であることから、先方の家族に許しをもらえなかった友人を何人か知っている。加えて、その次の世代のことであるが、私の友人で、幼い娘を白血病で亡くした方がいる。その葬儀に参列した時、友人の母親、その亡くなった子供の祖母は、自身が被爆者であり、かつ保健師でもあったことから、自らの被爆が孫の命を奪ったのではと悲しんでおられた。それに関連して、2009年8月2日の日本経済新聞で、長崎県赤十字血液センター関根所長らが、現在も被爆死した方の組織細胞から放射能が放出されているのを確認、そのような事実が遺伝子にどのような異常をもたらすか、といった地道な研究を行われていることが紹介されていた。

被爆2世も、そして3世も、このように「不安」を持っている。オリンピック招致にエネルギーを注ぐのもいいが、行政は十キロ余りの距離でも0歳児にその後の「不安」を担保に被爆認定を行った。それなら次は、老いをむかえようとしている被爆2世、そして放射能の影響について遺伝子レベルまで解明が進みつつある中、3世への被爆対策をも行政は示さねばならない。
一層のこと、このように被爆への「不安」の概念が被爆認定の評価の一つになったのなら、これを恒久的な制度として定着させるべきである。それは被爆2世、3世、それ以後の世代の健康不安に対する一助になるとともに、あの原爆投下の悲劇を風化させず、核廃絶を推し進める有効な手段でもあるのだから...。