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  4. 本当はよく分かってないのに、分かったつもりで制度化されている依存症の事、その続き

エッセイ

医療業界の話の続きで申し訳ないが、「重度アルコール依存症入院医療管理加算」のことが気になって、今回もその続きでいきたい。「重度」の基準が示されないのに加えて、その算定要件にも、もの申したい。

算定要件の一つに、「アルコール依存症の治療プログラムに基づく治療が提供されていること」となっている。前回も説明したが、繰り返したい。精神科病院の入院では、幻覚・妄想状態などに支配され、現実的な判断が低下して、治療を受けるか否か決定できない患者に対しては、措置入院・医療保護入院といった、いわゆる強制的な入院が法的な手続きを踏むことで可能である。一方、自らが治療を求め、入院治療を行なう場合の入院形態を任意入院と言う。アルコール依存症の場合は、これまた前回も述べたが、アルコールの離脱、禁断時で精神症状を認める時期、あるいはアルコール起因の認知症状に陥った場合は、先の措置入院、ないしは医療保護入院を適応できる。しかし、「アルコール依存症の治療プログラムに基づく治療が提供されている」段階のアルコール依存症者の心理、精神的なレベルは、治療者と任意契約の下で入院契約が結べる状態でなければならない。よって、算定要件には「任意入院の下で、アルコール依存症の治療プログラムに基づく治療が提供されていること」とすべきである。

ここで、一つお考えいただきたいことがある。この「重度アルコール依存症入院医療管理加算」は、その加算料が二段階になっている。入院当初一ヶ月間とその後の一ヶ月間とで、加算料が異なる仕組みになっている。もちろん、入院当初の一ヶ月間がその後の一ヶ月間より、倍額である。私はここで"もちろん"と言った。これは一般的に入院初期が重度(重症)だとの理解からである。しかし、アルコール依存症の治療プログラムへの導入、そして回復では、その一般的な常識が通用しない。まず、入院当初のアルコール依存症者は、それが任意入院であっても、入院直前の過度の飲酒の結果、身体的、精神的にかなりのダメージを受けている方々がほとんどである。だから、入院3~4週間はその回復のために入院を継続し、治療プログラムにも必ずしも本意とは言えないが参加してくれ、それ程、治療者側も苦労は要らない。だがその後、心身両面が回復する一ヶ月目ごろから、飲酒欲求が出現し、「これだけ入院して治療に専念し、治療プログラムでも、それなりに色々学んだ。もう以前のような飲み方はしない」とアルコール依存症という病に対する否認の心が芽生えてくるのである。そこで彼らは「ゼッタイ飲みません」と言って退院を求めてくる。いわゆる「ノド元過ぎれば...」だ。任意契約の入院である。そう言われたら、退院させざるを得ない。そんな彼らは退院してゼッタイ飲むのだが...。

そう、そこで上手く二ヶ月目の治療プログラムに引き続き導入し、継続させるかどうかが、断酒の動機付けのための一つのターニング・ポイントである。その後の一ヶ月で、表面的には回復した心身に芽生える飲酒欲求と闘いながら、治療プログラムへ能動的に参加させる治療側のテクニックというか、苦労は最初の一ヶ月目の段ではない。よって、加算料の観点からして、一ヶ月目より、その後の一ヶ月のほうがエネルギーを必要とする。つまり、そこでチーム医療とやらの真価が問われる訳である。

そうなると、加算料は入院当初の一ヶ月とその後の二か月目とでは、現在定めている加算料を逆転させ、二か月目を高く設定すべきではないか、と思うのだが...。それから、もう一つ言わせていただくと、他にも算定基準要件で、研修を受けたか否かのどうでもいい様なことがあげられている(因みに私は、30数年前にその研修なるものの第一回目の受講生の一人である)。それより、算定要件には、「アルコール専門外来、専門デイケアなどの外来機能を有すること」といった条件を設けるべきである。何となれば、そんな外来での治療、回復の試みが効を奏せず入院を要とした。これも、重度の評価基準の一つである。また、この病は、他の慢性疾患と同様に、入院のみで回復するものではない。退院後も多くの社会資源を活用しなければならない。その一つが外来機能である。それを算定要件にしていないのはおかしい。

こうしてみると、アルコール依存症とは酒を止めればいいだけの単純な病でありながら、はなはだ厄介な病であり、奥が深い。その重症度の評価基準、その治療行為に何らかの加算を加えるにあたっての算定要件、そして、その加算料の金額を定める時間軸も他の疾患とはかなり違いがみられる。どれをとっても、これまでの疾患の概念、基準にはあてはまりそうにない。なかなか面白い!

だが、精神科領域の疾病構造の変化が言われて久しい。これから、こうした心の病についての病状の尺度、そして、そんな病に対する治療する側の治療対価の見方・考え方のモデルにこの「重度アルコール依存症入院医療管理加算」はなりそうな気がする。そのためにも、治療者側は十分な検討と慎重な対応を行なう必要があるのではないだろうか。