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エッセイ

2009年12月20日「言うは易けれど、情報は...?実践は...?」、2009年12月24日「言うは易けれど、情報は...?実践は...?-その続き-」と2回にわたって、当時から2010年2月ごろまで長崎県下の民放放送で放映されていた長崎県の自殺対策のコマーシャルについて、私見をブログに述べさせてもらった。それをまとめて地元新聞に投稿したところ、2009年12月27日(日曜日)の見開3面トップに「寄稿」として掲載された。異例のことだと思っている。ブログのエッセーと重複するが、全文を紹介したい。

『日本ではここ10年、自殺者の数が年間3万人を超えている。自殺の原因はさまざまで複雑な要因が絡み合っており、心の病はその大きな一因だ。心の病も、うつ病、統合失調症、アルコール依存症とさまざまで、最近では強迫的ギャンブル(ギャンブル依存症)の多重債務による自殺、と多岐に渡ってきている。こうした状況を受けて長崎県も12月に入り、テレビで活躍している本県出身のキャスター、草野仁氏を起用し、自殺予防のコマーシャルを民放でさかんに流している。県は第一次予防活動(啓発)として、知名度が高い草野氏に相当な予算をつぎ込んだに違いない。しかし、「それでどうなんだ」と言いたい。当院では30年以上前からアルコール依存症の自助グループと、最近では薬物依存症の回復施設「ダルク」とも連携して、独自の依存症の治療・回復プログラムを構築。またうつ病や依存症の患者を同一空間で入院治療するといった全国で唯一のストレスケア病棟を10年前に設け、運営している。しかし、県内の公的病院・機関の精神医療従事者の関心は薄く、こうした第2次予防(早期発見・早期治療)、第3次予防(リハビリテーション、再発予防)は民間任せである。一方で、地域の当院利用者の関心は高まっている。そこでスタッフのスキルを高めるのと同時に、より機能的な施設整備が必要になる。その資金として、国の2009年度補正予算に盛り込まれた「医療施設耐震化臨時特例交付金」の活用を考え、県の指示通りに申請書類をそろえて提出した。09年9月4日には都道府県に内示額が伝えられたが、申請した県内の医療機関にはいまだに県から連絡がない。補助を受けようとする医療機関は急いで「事業計画」を作成、提出しなければならないのにである。県はやはり、啓発活動には潤沢な予算を使うが、その後の治療・回復への関心は薄いように思える。啓発はもちろん必要だが、もっと医療機関や自助グループと連携を深め、効果的な治療・回復に予算を使ってほしい。さらに県が力を入れる啓発方法にも疑問を感じる。つい先日、外来のうつ病患者に「12月は自殺が多いのですか」と尋ねられた。理由を問うと「最近、テレビで草野仁さんやさだまさしさんが出演した自殺防止対策のCMが盛んに流れています。なんだか自分も自殺に引きずり込まれそうで怖くなって...」と言う。私は12月に自殺者が急に増えることはないと説明した。だがふと、随分前に米国の新聞が自殺防止キャンペーンを行ったところ、逆に自殺者が増えたということを何かで読んだのを思い出した。県の自殺防止のコマーシャルは、単に情報を伝えているにすぎない。真の対策とは「死を志向する人」の脳に向かって「もっと生きたい」「もっと生きる価値を知りたい」「もっと多くの人と仲間になりたい」といった思いをトータル的に蘇生させることではないだろうか。私たちの税金から捻出(ねんしゅつ)された対策費なのだから、より有効な活用法を考え出してほしい。予算消化のための安易なコマーシャル制作でないことを願うばかりだ。』

友人、知人から様々な反応が寄せられた。県職員OBの方からも激励のメッセージをいただいた。
ところが、2010年3月18日、これもまた、地元新聞社会面のトップで「本県1月49名:自殺者増全国最悪:警察庁まとめ―県内の1月の自殺者は49人と前年同期(24人)に述べ倍増、増加率、増加数ともに全国1位だった...」と。

私はこの一カ月の間に流された自殺対策のコマーシャルが、地元紙が報じた警察庁発表の結果に影響を与えている、とは思いたくない。だが、あのコマーシャルは無用であった、と言っていいだろう。こんなことは当たってほしくはなかった...。
もし、これが民間企業で商品を開発し、多額の予算を投入してコマーシャルを流してみたが、その商品が全く売れなかったとする。さぁ~大変である、その商品は本当に消費者が求めていたのか、そのコマーシャルの内容はどうだったか等々、徹底的に検討されるに違いない。そして、何らかの対策が立てられ、方針の変更が加えられ、コマーシャルもだが、その商品も市場から撤退することになるのではないだろうか。
確かに、放映期間が過ぎたのだろう、今では、そのコマーシャルは流されていない。しかし、この件に関して、県当局が何らかの検証を行ったとは聞いていない。
一方、このコマーシャルを流した民放の報道関係者から、あのコマーシャルをしてなかったら、もっと長崎は自殺者が増えていたかもしれない、とのご発言をうかがった。なるほど、なかなか県民の意識を知るのには参考になるご意見である。

実は、このコマーシャルの制作予算は、2010年3月18日の地元新聞の記事にもふれられていたが、昨年、「自殺対策支援センター・ライフリンク」(東京)から、自殺対策において、長崎が地方自治体の中で全国一との評価を受け、そこで、厚労省よりかなりの予算がおり、その活用法としてコマーシャルを制作した、と聞いている。ただ、この『自殺対策日本一』は、県行政当局の積極的な取り組みではない。NPO法人「自死遺族支援ネットワークRe」(大村)とそれを支えてきた地元の一民間精神科病院の地道な活動に対する評価である。そんな活動が評価されて予算化されたことは喜ばしいことだが...。

それにしても自殺予防対策とは、確かに難しい。精神医学はもちろんだが、心理学、宗教、哲学、福祉、社会学、法学、経済学、文化人類学等々の知識と知恵を総動員しなければならない。私は民間精神科病院の院長として、ここ30年近く長崎県の精神医療行政にお付き合いしてきているが、全国一なんてとんでもない。「ドンになるな」(最下位でなければいい)の精神を貫き通してきている。そんな行政当局にこんな予算(税金)の有効活用を期待するのはとても無理だ。やはりか、といったところである。一納税者としては納税意欲まで萎えてしまう。

ここで最近耳寄りな話を聞いた。それは、NPO法人への寄付行為に対して税制が優遇される制度が実現しそうだ、と。色々と課題、問題もあるようだが、久々の光明である。「ドンになるな」をよしとするお役人が、変な平等意識も相まって、我々が納めた税金をばらまくよりましだ。この制度が実現することで今より少しはましな世の中になってくれることを願いたい。