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精神科と精神科医

28

(火)

09月

エッセイ

一通の匿名の手紙をいただいた。その手紙には『「国にうつ病対策要求」...精神医療の4学会初提言...』といった内容が報道されている新聞記事のコピーが添付されてあった。手紙の内容は、「精神科」といった標榜に関する問題、この標榜では心病む人たちへの偏見が助長される。国民病として国に対策を求めるのなら、それにふさわしい何か別の標榜科を考えてもらえないか、といったものであった。そして、手紙を書かれた方は、「環境内科」という標榜科名を提案なさっておられた。
おっしゃることは、よく分かる。我々精神科医は、「精神科」といった偏見に満ちた科名をなくすための解決策として、第一標榜に「心療内科」を掲げた。ところが、「心療内科」とは、その対象疾患は精神科疾患と多少重なるところはあるが、ほとんどが異なる疾患を診る科として、すでに確立されている診療科である。そして、精神科医が「心療内科」を標榜することで生じる問題については、すでに、このブログで二度にわたりふれているし、前回の「医は仁術なり」でも取り上げている。そこで、まだ診療科名として確立してない「環境内科」も一案である。だが、その前に、もう少し「精神科」について考えてみたい。

確かに「精神科病院」、「精神科クリニック」となると、イメージがよくない。私も過去のブログ、さらに前回のブログの中にも、精神科への受診をすすめる他科の医師の患者への気遣い、気苦労について述べている。しかし、ここで「精神科医」といった私たち職業人としての呼称に対するイメージは些か趣を異にする。何か患者の心の悩みを分かってくれ、癒してくれる、他科の医師とは一味違った専門性を持っている医師といった好感度なイメージだ。だから、第一標榜を「心療内科」としている医師も、本来の心療内科を専門とする医師を除いて、ほとんど自らを精神科医と言ってはばからない。
また、「精神科」の名称を問題にされておられる精神科医もやはり自分が精神科医と呼ばれることに抵抗を感じておられない。著名な精神科医の方も、自らの著書、テレビなどのマスコミ出演の時も精神科医と表現されるのが常である。そして、その著書がベストセラーになったり、精神科医が出演してコメントを加えることで、番組の質が上がる、といった効果も期待されている様である。
それは、他科においても、病んでいる立場とそれを治療する立場では、多少なりとも見られ方、捉え方には異なりがあるものだが、標榜科名とそこに携わる医師の呼称でこれほどの格差というか、評価が異なることはない。何故だろうか。

私自身は、精神科にこだわっている精神科医である。こだわる以上は、一般の方に精神科をしっかり理解して欲しいと思っている。そのため、マスコミには、精神科病院、精神科医療の光も陰も全て見てもらい報道してもらう様に心がけている。おかげで、地元報道関係者に限らず、中央の精神科医療に関心を持ってくれるジャーナリストとも忌憚なく意見交換できる様になっている。
また、そのために、それなりの努力も必要である。私が関わる精神科病院では、「ヒト、コト、モノ」の質の向上に、常に気配りを怠らない様にしている。また、一番大切なのは、患者の回復、治療のために、彼らと如何によりよい同盟関係を保つかに努めることだと心している。そして、その積み重ねで地域社会にとって重要な社会資源である、と地域の方から認められることが重要であるし、それが少しでも「精神科」に対するイメージ改善につながればと願っている。おかげで本来、精神科での治療を必要とするのに、距離をとり、避けてこられていた方々が、気軽に受診、必要に応じて入院もしていただける様になってきている。ありがたいことである。
一方で、今回のお手紙に同封されていた記事で取り上げられている学会に深く関与され、発言力、影響力もお持ちで、様々な対策にも関わられておられ、日頃から精神科疾患の偏見、差別の問題を訴えておられる著名な精神科医の方を存じ上げている。しかし、その方は長年、いや今も、ご自分がおっしゃっている主張とは些か相容れない低調な精神科医療機関との関係を持ち続けておられる。さらに、その様な方であるから、後進の育成も、と思うのだが、少し首をかしげたくなるところがある。何か二枚舌の感が...である。

そういったことで、「精神科」といった標榜科目も、より国民が身近に感じる科名に変わるにこしたことはない。そして、精神科医を軸とする精神科医療に携わる者の思い、アピールは分かった。それに加えて、いやそれにより、一つ国民の「精神科」に対する見方、捉え方に軌道修正を与えるだけのプロとしての実践活動をもっともっと行なうべきではないだろうか。精神科医である私自身へのさらなる自戒を込めて...。