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お~い海老蔵君

07

(火)

12月

エッセイ

海老蔵君、君の飲酒行動で生じた出来事が盛んに報じられているね。私のような地方の一介の依存症治療に携わる者で、かつ、君とは全く面識もなく、出来事の全容も充分に分からない中で、今回の君の飲酒に関連した行動に対して私見を述べるのは些かためらいがある。要らぬお節介かもしれないが一言、言わせておくれ!

私が知る君は、歌舞伎の宗家、市川一門の後継者であること。そして、週刊誌、ワイドショーなどで伝えられている芸能情報程度である。ただ、君は憶えてはいないだろうが、私の姪が大学生として在京していた折り、一度、友人から誘われ若い仲間内での君の誕生日パーティーに参加させてもらっている。

姪はたまたま私の家族と姪の姉妹らと一緒に歌舞伎座で、君の舞台を観た直後だったんだ。そのことを君に伝えたところ、それを君はひどく喜んでくれ、歌舞伎について熱く語り、何かと姪にばっかり語りかけるので、姪は参加していた他の女性陣(どうも皆、歌舞伎を観たことがなかったらしい)に焼きもちを焼かれた?と姪から聞いたことがある。
そんな一面を聞き知っていた私は、君が梨園の頂点にある市川家に生まれ、その宿命を受け入れ、そして、その責務を果たすのは尋常なことではない、と思いつつ、だが、そんな重圧をしっかりと受け止め、芸道に精進する頼もしい若者だ、といった印象を君に持っていた。

しかしこれまで、そんな重圧に押し潰されそうになっただろうし、一方で逆にそんな名声を生まれながらに手にしている自分に胡坐(あぐら)をかいたこともなかったかな...。いや、そうしないとやり切れなかったのかもしれない。君もやはり、我々凡人と同じ弱さを抱える一人の人間なんだと悟って欲しい。それが今回の飲酒がらみの騒動、これまでマスコミが報じてきた過去の飲酒問題も含めた様々なスキャンダルを生み出してきたことに気づいてもらいたいものだ。

君は今度の出来事で身体的ダメージを受けて入院しているようだけど、きっと高い水準の治療を受けて、身体の傷は早晩癒えるだろう。では、君の抱える心の傷、心の問題はどうだろうか。私が気がかりな君の心の傷、問題とは、日常(芸道に精進する君)と非日常の落差の大きさのことなんだ。

私の患者で、君と同じ30歳代の男性だが、彼もやはり、日常(素面の時)と非日常(飲酒の時)との落差が大きく、次第に非日常の時間(飲酒の時)が一日を支配するようになり、アルコール依存症になってしまった。しかし、回復のための治療に馴染まず、とうとう肝不全で肝移植が必要になり、母親がその提供を申し出た。そこで、地元大学の倫理委員会で彼の肝移植の是非について、ずい分議論が重ねられた。もちろん、これまでの主治医である私にも意見を求められた。私は、これまでの治療経過を率直に報告し、移植に対しては多少消極的な意見を述べるに留めた。

結果、移植が行なわれた。そして彼は復活。それは先進医療の成果である。当然それは高額医療だ。これからも、それなりに身体のケアが引き続き行なわれるそうである。そして、その身体が回復すればするほど、今度は、再飲酒に対する欲求を抑えるための心の回復に対する援助が重要になってくる。しかし、その回復については高額どころか、無償で本人を受け入れてくれる当事者(自助)グループに委ねられることになる。でも、そんな当事者(自助)グループ、団体の運営は資金的に何時も青色吐息なんだよね。

海老蔵君、君も身体が癒えたら一つ今後の心のあり方を考える上で、そんな当事者グループとの交流を持ってみたらどうだろう。欧米では君のような文化人、芸能人がアルコール、薬物で社会的な逸脱行為を起こすと、そんなグループ、団体に関わり、その運営を支援するための献金、寄付行為をするのが常だと聞いている。記者会見で釈明、お詫び、CMなどの自粛なんかより、よほど建設的で、君の今後の心の糧になると思うんだけど、考えてみてはくれないかな...。