先が見えない

19

(火)

04月

エッセイ

2011年3月11日東日本大震災が発生。それから、1ヵ月が過ぎた。被災地の方々の今後の生活の立て直し、福島原発の冷却システムの復旧、北日本の精密部品企業の崩壊、都心の電力不足による日本経済の行く末などと、先が見えないことばかりである。不謹慎かもしれないが、「先が見えない」は今年の流行語大賞になりそうだ。しかし、今回のような大事ではないが、小事では、この「先が見えない」ことは、これまでしばしば「先送り」として処理されてきている。

2010年6月24日、長崎県議会予算総括において、一女性県会議員が、例の2009年12月から3ヵ月間放映された自殺対策に関するテレビコマーシャルついて質問を行なった。それに対して、当時の長崎県福祉保健部長の答弁だが、本県においては、こういった広報、啓発活動に加え、関係機関の連携体制強化も図り、2009年12月~2010年4月末までに、保健所、その他公的機関に自殺関連の相談が昨年に比べて5倍も寄せられたそうである。その答弁に質問した女性県会議員は、5倍も相談が寄せられたことを、それなりに評価した上で、さらに質問をすすめている。ここで、お二人とも、それこそ「先が見えてない」ようだ。
関係機関と連携体制強化を図っているのだったら、その相談をどの様に関係機関と連携して対応したのかまで問いかけるべきだし、答弁することが、この対策を前進させることにつながる。
2009年12月からのテレビコマーシャル批判に懲りてか、2010年度は、2009年度の内閣府が流した「お父さん、眠れてる?」「お医者さんにご相談を!」の全くのパクリをテレビコマーシャルとして流している。
そうじゃないだろう。「お父さん、眠れてる?」「お医者さんにご相談を!」は、全国で繰り返し放映され、周知されたんだ。それを県が予算使って、同じものを作成しても、それこそ予算の無駄使い。そうではなく、その次の「お医者さんにご相談を!」の先を見せないといけないのである。つまり、地方自治体での予算は、その次の道筋(シナリオ)を示すためのものだ。
それに気付いたのかどうか分からないが、突然、県の機関でうつ病デイケアを急に立ち上げた。そして、自殺対策に尽力していると勝手に評価して、そんな回復者施設に、これも少額の補助金を交付してお茶を濁している。そんなことより、第二次、第三次予防に対する大きな流れ、つまり、道筋(シナリオ)をきちんと提示して、そこに、そんなデイケアなどのリハビリテーションプログラムとか、回復者施設への補助金の交付を、どのように位置づけるかを、しっかりと決めるべきなんだよ。
広報の二番煎じと打ち上げ花火で予算を消化して、予算がなくなったら、それこそ「ハイそれまでよ」と「先送り」になってしまい、「先が見えない」ままになってしまう。そう、県レベルでは、「お医者さんにご相談を!」の次にやることを具体的に提示し、実践しなければ何にもならない。

だが、自殺の恐れがあるから、精神科病院に入院させ、閉じ込めて、しっかり管理、監視してもらいましょう、ってのが一般の方々の考え方である。そして、入院中に自殺されると、管理不十分と訴訟になる。そんな遺族に対して、私はとやかく言うつもりはない。ただ、そんな考え方とご遺族の行動が、今、すすめようとしているうつ病対策、自殺予防対策を萎縮させかねない。だから、「精神科はイメージが悪いので心療内科にしてみよう」。それでは何の解決にもならない。
そのために「お医者さんにご相談を!」の次の道筋(シナリオ)作りが大切なのだ。

ここで言うところの「お医者さん」だが、基本的にどの科でもいい。概ね内科医(ここには心療内科医も含まれる)、あるいは精神科医である。だが、要はもちろん精神科医である。
そこでまず、要である精神科医(精神科医療機関)が、うつ病対策、自殺対策で、何をやっているのか?何が出来るのか?を伝える必要がある。
最初に内科医などの他科の医師に対して多くのうつ病患者を診てきた治療経験から、病状、状態に応じた抗うつ薬、睡眠導入剤、その他精神科関連薬剤の処方について情報提供は必須である。次に、近年見直されている電撃療法(電気ショック療法)の適応とその効果についても多くの医療従事者に知っていただきたい。幸い、長崎県には、麻酔科医でもあり精神保健指定医の資格を持ち、この治療に精通した医師がいる。
さらに、精神科病院における入院の役割についても充分な広報が必要だ。先に述べたように自殺予防、これすなわち入院といった考え方がある。これを決して否定するわけではない。だが、それは十全のものではないことをお分かりいただきたい。そして、深刻な自殺の恐れのある病状の患者には、確かに閉鎖空間へ収容して、厳重な管理、頻回な監視体制も必要である。しかし、うつ病になられる方は、本来気配り、几帳面、控え目で仕事熱心、「NO」が言えないタイプの人が多い。真面目なんだ。そんな方が閉鎖病棟に入院となると、自殺予防のためとはいいながらも執拗な監視下に置かれることで、自尊心が傷つき、ますます追い込まれかねない。そんな場合を考慮しておくのも精神科医、精神科病院の役割である。そのためには、分かり合える当事者同士が一緒に過ごせる開放的な治療(病棟)空間を準備しておくことが大切だ。そこではお互いの悩み、問題を語り合うことができ、そして、回復期に入ったら、復職、就労に対するリハビリテーションプログラムなども必要だ。それがこれからの生きる希望につながることを願いたい。

それから、大事なことはまだある。不安、抑うつ、孤独感を癒そうとアルコール、処方薬の過剰使用、あるいはギャンブルへの遁走(とんそう)、そして、それに対する依存といった重複障害が自殺のリスクを増していることだ。その理解と治療のすすめ方は、長崎県内の精神科医の間でもほとんど浸透していない。そんな理解が浸透するなかで、先に取り上げた回復者施設への助成が本当に生きてくるのではないだろうか。
私は、長崎県は自殺対策に対して、かなりの予算とその対策に力を入れていると聞く。しかし、以上のようなことが課題に上り、その道筋(シナリオ)作りがなされているのを耳にしたことがない。このままでは、やはり、これもかけ声だけの「先が見えない」対策となり、果ては「先送り」になってしまうであろう。

とにかく、今の大事、東日本大震災の「先が見えない」課題全ては、そんな「先送り」になってもらっては困る。それこそ「日本の先(将来)が見えない」ことになる。