本末転倒

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04月

エッセイ

2012年4月17日、各新聞は、地元長崎の精神科病院による措置入院患者の県に対する定期病状報告の怠りが16件あったことを報じた。これは一般にあまり馴染みのないことだろう。よって、私なりに少し解説を加えてみたい。

ただ、この措置入院について、私はこの連載しているブログの2010年8月31日「長崎県における精神鑑定の謎」で紹介、それはさらに、拙書「依存症治療の現場から‐そこからみえてきたこと、分かったこと‐」(2011年8月出版)でも掲載しており、そこで鑑定書の作成と管理などについて、今後改善すべき点を提案している。この拙書は関係行政機関にもお送りしている。もちろん、県知事、長崎市長にも...。だから県行政当局が、それを上手く受け止め、新たなシステム構築を行ってくれていたなら、今回のような不祥事は発生していなかったはずである。
それは後ほど紹介するとして、まずは、措置入院とそれにまつわる鑑定、そして定期病状報告についてふれてみたい。
措置入院になる対象者は、自身または他人を傷つける恐れのある病状(精神症状)があるにもかかわらず、それが病からくるものであると気づかない(病識を欠いた)状態にある精神障碍者である。そして、彼は二人の精神保健指定医が診察(鑑定)した結果、彼の日本国民として有する諸々の権利を停止して、その病状を治療するにあたって、入院が必要と何れの精神保健指定医も判断した場合、その報告に基づいて県知事の命令で入院治療が行われる。もちろん、日本国民として保証された諸々の権利を停止しての入院治療だ、速やかな復権が望ましい。よって、その治療にあたる精神科病院に対して、定期的な病状報告、あるいは該当する病状が治療によって改善、ないしは消失したら、直ちに措置入院を解除する旨の報告が義務付けられている。それは、一国民(県民)が日本国憲法で保証されている諸々の権利を停止されているのであるから...当然のことである。
しかし一方で、治療が効を奏せず、中長期に及ぶことがある。そのために県知事が委託した有識者、専門家で構成された精神医療審査会に、その患者が措置入院に適正な症状を有しているか、定期的に病状の報告を義務付けている。そして、その審査終了後速やかに県知事に対して、結果を通知することになっている。
今回、その定期病状報告を16件も怠っていたのである。それも12件が長崎県精神医療センターであった。この長崎県精神医療センターは長崎県病院企業団に所属する。そこの企業長の任命権者は、これまた県知事なはずだ。つまり、今回の不祥事は県福祉保健行政全体の業務にまつわる不祥事である。

ここで、その長崎県精神医療センター院長の記者会見における発言で気になることがあった。地元紙の記事をそのまま引用する。

「事務方に(報告の管理を)依存してしまっており、提出に関する医師の自覚が薄かった」

と。確かに、現在の医療の現場では医師が書類の作成、処理に追われて、本来の診療活動が疎かになってしまうことが問題である。そのため医師の事務業務の軽減策が課題となっており、厚生労働省もクラークの配置を押しすすめている。しかし、すでに精神科領域においては、精神保健福祉法(この法に、今回の措置入院の取り扱いも規定されている)に精通し、措置入院などの強制処遇からの患者の復権、そして、その後の生活支援までを担う精神保健福祉士(精神科ケースワーカー)が1997年「精神保健福祉士法」成立に伴って国家資格化となっている。それこそ、今回の措置入院の定期病状報告も含めて、入院に関する書類などの整備、提出に関しては精神科医を補佐し、かつ協同作業を行う職種である。彼らの存在が、措置入院の手続きなど患者の入院処遇をスムーズに行い、さらに改善、回復後の生活の質を高める上で大きく貢献していることは、精神科医療の世界において、すでに周知のことである。
だが、関係者によると、長崎県精神医療センターでは、複数の精神保健福祉士が在職しているにも関わらず、措置入院患者の入院処遇の手続きには関与しておらず、確かに「事務方任せ...」だったようだ。私は、この法を成立させるため尽力された故三村孝一先生とご一緒し、多少なりともお手伝いをさせていただいた。そして、2002年~2009年まで、精神保健福祉士国家試験委員会副委員長も務めてきただけに、残念と言わざるを得ない。 

こうした「ヒト」の存在に加えて、当初に述べた「長崎県における精神鑑定の謎」で鑑定書の作成と管理など、当時改善すべきと提案した箇所を紹介しておきたい。

『精神科は、このように鑑定結果の記載を書面にて行ったりと、様々な書類の作成業務がある。他の科でも精神科ほどではないが、やはり、そのような書類作成業務が診療の妨げの一因となっている。それを受けて、厚生労働省もクラークの配置、書類のパソコンによる作成、電子カルテ化などをすすめている。当院もそういった流れの中で、独自にパソコンシステムを開発し、多くの書類も独自に作り込みを行なってきた。そういった書類の作り込みに関しても、長崎県の情報システム関係を企画する部署は関心を寄せ、これは本来、行政が作成して各医療機関に提供、ダウンロードできるようにすべきだと指摘もいただき、当院をモデルに精神科領域での実現に向けて話をすすめることになった。そこで、手付かずであった措置入院に関する書類についても精神保健担当部署の方に加わってもらい協議を行なったが、精神保健担当部署の方は、精神保健指定医の本人認証の問題があるとのことで、その話は断ち切れになった。』と。

ここで精神保健担当部署が危惧する指定医の本人認証とか、IT化することでのセキュリティ上の問題は、現状の紙ベースの書類作成でも同じ問題を抱えていることを「長崎県における精神鑑定の謎」の後半で述べている。関心のある方はご一読いただきたい。
この時点で、この提案を行政が実現していたなら、もちろん行政側も措置入院関係の書類など多くの情報がデータベース化され、報告期限などが常にチェック可能となっていたはずだ。
しかし、長崎県行政当局は、県民の意見は実名では取り上げない、だが、匿名なら直ちに法の手続きが踏まれ実践される。その理不尽さはこの一年近く、私が訴え続けてきたことである。

ここで話を措置入院などの精神科入院処遇の話に戻そう。何故、精神科の入院処遇には、今回問題になったような些か厄介な手続きが必要かというと、その対象となる患者の、国民に等しく保証されている諸々の権利が停止されるという点に由来することは、先にふれた。それに加えて、その患者の病状、その背景にある彼の生活史、生活環境が措置入院時の鑑定時に聴取され、その情報が記録され、入院時、そして今回のように定期的に開示され、知事、あるいは審査会のメンバーに公開される。つまり、それはその患者の個人情報が、県知事、審査会のメンバーの知るところとなる。もしそれがそれ多くの人々が知ることになると、その患者の病が回復した後、諸々の権利を復権した暁に、他の国民と同様にその権利を行使するのに支障が生じる可能性がある。そのために選ばれた人々が法に定められた手順で行う必要があるのだ。それは個人の情報を保護するためだ、と私は理解している。

そこで、また長崎県行政の実名軽視、匿名重視に戻ろう。今回のような個人情報の保護にも関わる定期病状報告の問題を疎かにして、事実無根の内容を匿名でメールした個人、ないしは団体を個人情報保護法で擁護するのが、長崎県の行政の方針ですかと、繰り返しになるが呆れるばかりである。それは以前に元市長の言論の自由(権利)を職員挙げて絶賛してきた(そこには現市長も市職員として在職)長崎市においても然りだ。県に寄せられた匿名のメールの内容を何の検証もすることなく、管轄する部署だとして「医療法25条の1」を行使して抜き打ちの医療監査に及んでいる。全く本末転倒だ

その後も私の問いかけに行政は、無視を続けている。この「無視」は、厚生労働省がパワーハラスメントの定義の一つである。65歳の高齢ながらも、まだ医療労働者として診療活動を行っている私にである。

これまでの、理不尽な行政の対応に関してのブログは多くの公職に就かれている方も読まれ、賛同の意見もいただいている。私は県職員の方で、依存症、うつ病の病を克服して現場に見事に復帰された方、先に紹介した情報システムの構築を情熱的に企画されている方、そして、福祉・保健分野で私たちと共に患者の回復支援に尽力しておられる方を多く存じ上げている。そんな方々が、私を無視し続ける長崎県知事、長崎市長、そして、それをかばう県職員と同じにみられることが実に遺憾である。

そして、一方で議会はどうなっているのだろうか? 私の知るところによれば、最近、私の所属する団体の会員に複数の議員より私の人となりについての問い合わせがあったと聞く。
私は高齢ながらも、若い精神科医に負けない臨床活動はやっているつもりだ。しかし、一方でこの年になっても、酒は好きだし、女も好きだ。そんなスキャンダルを俎上にあげてもらっても一向に構わない。しかし、その前に、県知事、長崎市長、そして、それを取り巻く幹部職員の権利の乱用を何とかして欲しい。