<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>B0100_Ken’s Lounge</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/atom.xml" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2010-03-20:/kens//5</id>
    <updated>2012-01-31T03:51:35Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 4.261</generator>

<entry>
    <title>行政改革</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1201/20120131257.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2012:/kens//5.257</id>

    <published>2012-01-31T03:50:00Z</published>
    <updated>2012-01-31T03:51:35Z</updated>

    <summary>－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
<div style="text-align: right;">長保地保第820号　平成24年1月6日</div>
（医）志仁会　西脇病院　管理者様　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">長崎市保健所　早田　篤</div>
　
　平成23年度医療法第25条第１項の規定に基づく立入検査の実施について
貴施設にかかわる立入検査を次のとおり実施しますので、当該立入検査が効果的に遂行できますよう、帳簿の準備及び各部門担当者の立会等ご配慮をお願いいたします。
１、平成24年1月25日（水）午後1時30分から午後4時30分頃
２、実施方法（以下略）
<div style="text-align: left;"></div>－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

<p>

</p>

<p>
これは、2012年（平成24年）1月6日付けで郵送されてきた、毎年、長崎市保健所が定例で実施する医療監査（各医療機関が適正、適切に診療、医療行為、及び施設の保全、安全を保っているかを保健所職員がその病院に立入、患者カルテ等の関係書類をチェックし、病院巡視を行うこと）の通知である。実施日は1月25日。実施方法（内容）は多岐にわたるのでこのブログでは省略した。<br />
ただ通年は前年の12月に行われるのが常だが、今回は年を越して1月だ。さらに2011年（平成23年5月17日）に何かよくわけの分からない同じ医療法25条第1項に基づく抜き打ちの監査も行われているので、今年度は2回目である。私はこの通知を見てうんざりした。長年、毎年のこの定例監査では、ほとんど改善の指摘、指導も受けてない。いわゆる適マークをいただき続けている。帳簿等の整備は通常行っていることだし、多くは電子カルテ化しており閲覧していただくのは構わない。ただ、担当職員の立会は、当日の患者への医療サービスの低下につながりかねない。そこで、監査に来られる長崎市保健所の方々にお叱りを受けるのを覚悟で、必要帳簿と監査用に準備した電子カルテを配置した部屋に以下の三枚のメモ紙を入口のテーブルに置いて、当院職員には通常の業務を指示した。
</p>

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
<div style="text-align: center;">長保地保第820号　の立入検査実施担当者の方へ</div>
監査ご苦労様です。　平成23年5月17日の貴所の「医療法25条の１」に基づく特別監査における経緯、並びにその後の長崎県、長崎市の保健医療当局の反応に従い対応させていただきます。
①：当局は独自の判断、裁量で監査を実施下さい。当院は昨年より電子カルテになっております。パスワードを提示しておきます。独自に電子カルテを操作の上、必要箇所を監査ください。
②：当局の匿名重視、実名無視の方針を受けて、全職員実名、肩書では対応いたしかねます。匿名にてお呼びいただきご指示ください。

以下：①、②の根拠となる書類、及び関連資料も堤出しておきます。宜しくお願い致します。
<div style="text-align: right;">西脇病院代表者　花菱アチャコ</div>
<div style="text-align: left;"></div>長崎市保健所　立入者用　電子カルテID・パスワード
<div style="text-align: left;"></div>ID　	：4＊＊1
<div style="text-align: left;"></div>パスワード	：********
<div style="text-align: left;"></div>－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

　　
<div style="text-align: left;"></div>－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
<div style="text-align: center;">長保地保第820号の立入検査実施　担当者の方へ</div>
お疲れ様です。お昼休みはおすませでしょうか？　当院は医療機関であるため、かなり以前より、患者さんへの適時給食を行政よりの指導で行っています。よって、職員の昼休みは労基法に基づき13時より14時までとしております。しかし、13時30分監査開始と通知をいただいておりますので、どうぞお構いなく、電子カルテを操作いただき独自の判断でおすすめください。
<div style="text-align: right;">西脇病院代表者　花菱アチャコ</div>
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

<p>

</p>

<p>
長崎市保健所の方々は定刻の13時30分より15分ほど前に当院に到着。案内窓口の職員が帳簿等を準備した部屋に案内した。そこで案内した職員の報告によると、「西脇病院代表　花菱アチャコ」を呼びつけになることなく、さっそく各種帳簿の閲覧、電子カルテの操作にチャレンジされたそうである。<br />
その後、必要な書類関係が数点見当たらない、確認したいとのメモが、花菱アチャコを呼びつけることなく、当院職員に渡された。それは概ね準備していた帳簿類と電子カルテ内に存在するものであった。帳簿内の見落としはともかくとして、電子カルテはほとんど操作できてなかったようである。あれだけ行政はIT化、IT化と言っておられるのに困ったものである。<br />
そして、恒例の病棟巡視も監査に来られた8名中7名は、ためらっていたようだが、長年当院の精神医療活動に関心を寄せてくれていた保健所職員に促され行われた。
</p>

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
<div style="text-align: center;">長保地保第820号の立入検査実施　担当者の方へ</div>

<div style="text-align: left;"></div>本日の総評は、前回2011年5月17日同様、次の日に書面にてお届け願います。

<div style="text-align: right;">西脇病院代表者　花菱アチャコ</div>
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

<p>

</p>

<p>
上記メモも提示していたためか、例年最後に行われる当院管理者、担当職員を集合させての総評はなかった。そして、速やかに監査の結果は後日報告いたします、と言い残して帰って行かれた。おかげで、花菱アチャコの出番はなかった。よって、お叱りも受けることなく済んだ。
</p>

<p>
いやはや、これでは例年行われている医療監査なるものは、儀式ではないか。それなら、わざわざ医療機関を訪れなくとも帳簿類の提出を求めて、不備があれば改善を求め、その改善もなされず、さらに匿名、実名の「問題あり」との投書等が行政に寄せられる病院には、十分な時間をかけ、厳正な監査を行えばいいではないか。<br />
そうか、これが無駄を省く行政改革というもんなんだな。<br />
確かに今、公務員の給与、人員の削減が盛んに言われている。だが、私は有能な公人も多く知っている。安易な人員削減ではそんな有能な人材への仕事の負荷が増すだけだ。加えて給与が削減されれば、彼らは野に下るに違いない。<br />
そこで、長崎の行政改革だが、平成23年5月17日の件、何の協議もなく匿名メールの受け取り先である県の部署から一気に当院管轄の長崎市保健所まで伝達され、法が行使されている。これは、長崎県のそれなりの立場の幹部職員の指示があってのことだろう。まずは、そんな人物の削減から始めてもらいたい。
</p>

<p>
＊花菱アチャコ（1897年7月10日 - 1974年7月25日）は、大正昭和期の漫才師（横山　エンタツとコンビを組む）、俳優である。
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>多産多死から多子少死、そして少子多死へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1201/20120131255.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2012:/kens//5.255</id>

    <published>2012-01-31T03:20:00Z</published>
    <updated>2012-01-31T03:20:54Z</updated>

    <summary> 私が生まれた1947年当時ごろまでは、多産多死の時代であった。医療的には感染症...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
私が生まれた1947年当時ごろまでは、多産多死の時代であった。医療的には感染症対策が最優先課題であり、時代背景は戦中、戦後の荒廃状態、そして焦土からの復興の模索をおこなっていた。その後、抗生物質、国民皆保険により感染症対策は功を奏し、多子少死の時代となった。多子とは私たち団塊の世代のことである。時代は高度経済成長に入り、日本人の生活を日々豊かなものにしていった。私たちの世代は、その先兵であった。一方で、同世代の若者が精神を病んで精神科病院へ保護、収容もされた。当時は今日ほど精神科治療がすすんではいなかった。加えて高度経済成長下の担い手は、先に述べたように潤沢にいた。むしろ、精神障害者を在宅で支えるより、社会の経済活動への参加が優先されていた、と言っていい。だから、少しの支援があれば在宅、街で暮らせる患者が長期の入院を強いられた。これを社会的入院という。いわゆる精神科病院の施設化だ。
</p>

<p>
経済的に成熟した日本が、少子高齢化時代に入ったと言われて久しい。しかし、次に来るのは確実に少子多死の時代である。私たち団塊の世代が、これから老いて、死を迎える。同様に1960年代から70年代の高度経済成長期に精神科病院に入院した彼らも病院の中で老い、やはり何れ死を迎えるのは間違いない。現実に全国の多くの精神科病院は空床が目立ち始めている。<br />
そこで今日、多くの精神科病院は、精神科救急医療か認知症治療を受け入れるか、二者択一の選択を、あるいはその２つを取り入れたいと思っている。前者は急性期医療である。また後者は新たな施設化と捉えていいのかもしれない。いわゆるそれは、私に言わせれば精神科病院の分極化である。
</p>

<p>
多産多死から多子少死時代への時の流れのなかで、まず、感染症医療において貢献し、次いで現在は救命救急における急性期治療の重要性は周知のことである。また、認知症治療も患者本人への治療、介護もさることながら、今、経済活動に参画している家族にとっても精神科病院での入院処遇は救いである。<br />
しかし、これまでは多子少死の時代であった。つまり、病んでいる人たちを支える人たちが多かったのだ。これは医療、介護スタッフのことを言っているのではない。多くの人々が経済活動にかかわり、病める人々を支える経済的な社会の仕組みが曲りなりにも機能していたことを忘れてはならない。しかし、これからは少子の時代だ。つまり少ない労働人口なんだから、病んだ人にも、経済活動に参加していただくための医療も、これまた非常に重要なはずだ。精神科医療においても然り。<br />
幸い統合失調症の薬物療法の進歩はめざましい。そのため、私の個人的な意見としては、精神科救急医療施設の無定形な拡充、拡大は如何なものかと思っている。その拡充、拡大の結果は、個々の施設が、精神科救急医療の施設要件を満たすために不必要な、無理な入院を行っていないか、と推察したくなる。そのことより、経済活動から病のため撤退、離脱を余儀なくされた気分障害、アディクションの患者の精神科リハビリテーション、復職支援がこれからの時代は大切ではないだろうか。もちろん、統合失調症者も適切な薬物療法などによって、街で暮らし賢い消費者となり、さらに福祉就労から一般就労への援助を併せて行うことも経済活動に寄与することになる。これらのことが、今後の精神科医療にとって最重要課題であると私は思っている。ただ、ひょっとすると、精神科病院にかかわる人たちの多くは、まだ、多子少死の時期の社会的入院が経済成長の下支えをした、という思いから脱皮出来ていないのでは...。<br />
これからの時代は、多子少死の時代ではない。少子高齢化はまだいい。高齢者も経済活動にまだまだ参入してくれるだろう。しかし、少子多死の時代は、その少子に労働力を頼るほかはない。そういった視点で、今少しこれからの精神科医療の在り方を考えてみようではないか。<br />

</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>LIFE（生命・生活・人生）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1201/20120117254.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2012:/kens//5.254</id>

    <published>2012-01-17T03:40:00Z</published>
    <updated>2012-01-31T03:19:44Z</updated>

    <summary>   もう出席が恒例になってしまった九州集団療法研究会に2011年秋、参加した。...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
  もう出席が恒例になってしまった九州集団療法研究会に2011年秋、参加した。まず、S会長が開会の挨拶のなかで、精神科医療費（診療報酬）が急性期、救急に重きがおかれることで、リハビリテーションへの関心が薄れるのでは、といった趣旨のことを述べておられた。印象的だった。
</p>

<p>
急性期、救急は精神科においても、基本は感染症モデルである。つまり「有るから無い」にすればいい。細菌、ウイルスが有るのを無いようにするように、幻覚・妄想、自殺への志向、興奮が有るのを無いようにすればいいわけだ。そのために感染症と同様に薬物療法が行われる。さらに幻覚・妄想に支配され、いわゆる病識欠如の状態おける治療提供が必要であれば、精神保健福祉法を行使して、患者本人の同意を得なくとも治療が強行できる。ただ、これだけで治療関係（信頼関係）を成立させるには些か危うさが存在することを禁じ得ない。特に、長きに渡って治療の継続を必要とする慢性疾患がその多くを占める精神科疾患においては...。<br />
一方、リハビリテーション、そして、さらなる回復、街で普通に暮らすこと、そのための関わりは感染症モデルと逆と言っていい。「無いから有る」にすることである。身体機能の不全状態では手足が動かない（無い）のが、動くように（有る）することだし、精神科領域でも日常の中で対人交流ができない、仕事ができない（無い）からできる（有る）ようになってもらうことである。<br />
2011年12月末の地元新聞の健康・医療欄で－うつ病患者の半数が1ヵ月で服薬中断、治療目標納得不十分－との記事が掲載されていた。その自己判断での中断理由は、"...改善した""飲み続けるのが心配...""なるべく服薬したくない"などである。これは、何もうつ病に限ったことではない。統合失調症でもありうることだ。統合失調症の場合、「薬を飲むな」といった幻聴からの中断、病識欠如でも有りうることだ。しかし、精神科疾患全般において言えることは、自らの病を認めたくない。いわゆる "否認"と言っていい。<br />
"否認"、この用語は依存症治療の場でよく使用される。<br />
もちろん、これは依存症ではない、うつ病でない、といった思いから自己の病を受け入れる、やはり認める（有る）ことが治療、回復をすすめる上で不可欠である。
</p>

<p>
前置きが長くなってしまった。ここから、私がコメンテーターを担当した福岡県I記念病院のN作業療法士が報告され<br />
た、「競技性を高めたスポーツグループの運営に携わって」、高い目標を掲げたバレー<br />
ボールチームによるリハビリ活動の成果報告であるが、これを通じて気付いた私の思いを述べてみたい。
</p>

<p>
N作業療法士の報告を聞きながら、私は自らの高校時代のことを思い出していた。団塊の世代、ベビーブーマーである。自宅近くに開校された新設の公立進学校に入学した。校訓は「文武両道」であった。そんな環境の中でラグビー部に入部した。運動能力が優れていなかった私はもちろん補欠であった。そんな私をいじめ抜いていた？一学年上の先輩（母校では第１回生）のこと、その先輩が怪我で欠場した試合に彼の推薦で、私が初めて出場した公式戦のこと、親友が喫煙行為で退部した結果、転がり込んだレギュラーポジションのこと、そして、創部３年目で県大会に初優勝した時の優勝メンバーとなったこと、それは、文武両道を謳う、まだ卒業生も出ていない新設進学高校における最初の快挙であった。レギュラーメンバー一人ひとりが、全校生徒が集合する体育館で校長から賞状と盾をいただいた。進学のためだけに勉学に励む同級生からも賞賛されたが、一方で嫉妬もあっただろう。ただ、この体験は私のこれまでの人生に大きな影響を与えているのは間違いない。
</p>

<p>
どこか似ている。50年前、スポーツといえば、野球か相撲の時代だった。大学卒業したばかりの体育の教師だった監督が、進学高校でラグビーをイロハから教えて、県下のNO.1にしたこと。それと、N作業療法士が精神科病院に治療、療養目的で入院している患者にただ単にレクリエーションとしてではなく、全国大会出場といった目標を掲げ、それを達成したこと。そこに至った道程は似ているどころか、同じではないだろうか。人が人として生き、目標を持ち、ことを達成し、なかにはそこから離脱する者もいる。そして評価され、また嫉妬もされる。N作業療法士率いるバレーボールチームメンバーは、50年余り前の私とほぼ同じ体験をしている。<br />
そこで、冒頭のS会長の挨拶に戻ろう。確かに医療である以上、救急、急性期の治療は重要だし、かつ大切であるのは言うまでもない。だが一方で、N作業療法士が率いる患者らは、自らが精神障害者であることを受け入れている。その上で、作業療法士であるN作業療法士がバレーボールに関わり持たせ、そして、それを通しての歩みが彼ら自身だけでなく、彼らを取り巻く他の患者、スタッフ、さらには病院管理者にも影響を与えている。それは遅咲きの青春かもしれない。でもそれも有りだ。だから、精神科におけるリハビリテーションも疎かにしてはいけない、と思う。<br />
因みに、当院のテーマは「LIFE（生命・生活・人生）」である。急性期から精神科リハビリテーション、そして患者の新たな旅立ちまで網羅しているつもりだが...。まだ、実践のほどは？である。<br />

</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>地鎮祭</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1201/20120104253.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2012:/kens//5.253</id>

    <published>2012-01-04T04:40:00Z</published>
    <updated>2012-01-18T01:43:44Z</updated>

    <summary> 悦子は、長崎県の県央部にあるO市から、南部の県庁所在地の長崎市にタクシーで向か...</summary>
    <author>
        <name>西脇病院</name>
        <uri>http://www.nishiwaki.or.jp/</uri>
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
悦子は、長崎県の県央部にあるO市から、南部の県庁所在地の長崎市にタクシーで向かっていた。彼女は幾度となくそのタクシーの運転手に「O市に戻って下さい」と懇願した。しかし、運転手に「いい機会を福祉事務所の方からいただいたんだから、長崎の病院に入院しましょうよ」と諭され続けて、しぶしぶ私の病院を受診してきたのが、1990年1月だった。彼女の頭の中はただただ不安だらけだった。というのも、彼女はそれまでも幾度か精神科病院の入退院を繰り返してきた。病名は「アルコール依存症」だ。閉鎖的で、管理的な精神科病棟に嫌悪感を抱いていた。今回は地元の国立病院で離脱（禁断）症状の治療を終え、その後リハビリテーションの治療が必要と判断した国立病院の担当医が、福祉事務所に相談して当院への転入院である。O市の福祉事務所は、これまでの経緯から厄介だった彼女とこれで縁が切れればと思ってかこの転院には積極的であった。
</p>

<p>
それほど手に負えない彼女を受け入れる我が病院も単科の精神科病院である。彼女が躊躇して、不安に思うのも理解できないでもない。<br />
だが、とにもかくにも彼女は診察室で私と対面することになった。私はアルコール依存症者に関しては、離脱症状などの精神症状を有しない場合は、任意契約のもとでアルコールを飲む自由も、飲まぬ自由もあることを認めた上でのリハビリテーション・プログラムを当時から構築していた。よって、彼女にも、離脱症状の治療も終結していたので、これからの入院生活は、外出もリハビリテーション・プログラムに支障のない限り自由であることを伝えた。それは彼女にとって、これまでの入院体験から、まさしく「狐につままれたような」私の告知だったに違いない。<br />
そして、その日からの悦子の入院生活、3か月間は優等生だった。退院にあたっては、病院のすぐそばにアパートを借り、外来通院、自助グループ（断酒会）への参加を行うはずだった。しかし、それは1ヵ月も続かなかった。入院中、アルコール依存症という病について知識はしっかりと身に付けた。だが、その病からの回復のための知恵は退院後の外来通院、あるいは自助グループのなかで当事者との交流で培われるものである。そのためには飲まない自由を選択しなければならない。これがなかなか難しい。そんな時、その後も入退院を繰り返すなかで、上手くその知恵の大切さに気付くこともできるのだが...。<br />
彼女も、それから5～6回入退院を行っている。長崎市内の他精神科病院にも同じように、いやそれ以上の入退院を繰り返してきた。しかし、その入院は何れも長くて10日、ほとんどが１週間前後だった。それはアルコール依存症の症状の一つである飲酒抑制不能状態による心身のダメージを改善するのには十分の入院期間であるが、先に述べた知恵を培うための新たなきっかけ作りには不十分な時間である。ただ、病院を次の飲酒するための体調作りに利用しているに過ぎない。そんな繰り返しは、どこの病院も好ましくないとして、受け入れを拒むようになった。<br />
そして、1992年3月、悦子は自宅前で新聞紙を丸め、それにマッチで火を点けた。放火である。彼女は近隣の住民の通報で警察に身柄を確保された。警察経由で病院（医療化）へ...。厄介なアルコール依存症者の常とう手段である。もちろん、市内の他の病院は警察からの入院依頼を拒んだ。私はその時、まず受診してもらうことにした。入院の決定は診察の結果である。この時点で、彼女自身もだが、保護していた警察官も入院できると判断したようだ。しかし、私は受診に応じただけだ。診察の結果、毎日通院するように指示、指導した。彼女はその日、近隣住民の冷たい視線の待つアパートに戻って行った。
</p>

<p>
悦子は、1942年O市で生まれている。当時O市には東洋一の海軍航空隊の基地があった。そこで両親は旅館を営んでいた。旅館は航空隊の将兵の家族が面会に訪れた時に宿泊、利用されていた。そのため、彼女が生まれた当時、不足がちになっていた食糧、酒類は、軍から提供され不自由することはなかった。それどころか、父親は容易に手に入る酒を毎日朝から飲み続け、旅館の運営は、6人の子育てを行いながら母が仕切っていた。しかし、基地の街である。空襲が激しくなり、強制疎開、旅館の取り壊し、そして終戦...。その後の悦子の家庭は、その時代の多くの国民が歩んできたのと同じ道を歩むことになる。<br />
悦子も高校を中退してと京都のゴルフ場のキャディーとして、O市を離れる。彼女は職場では高い評価を得て、20歳代で仲間のキャディーを取りまとめ、指導をする立場に就くことになった。当時、父を亡くすも大酒飲みで母に苦労をかけ続けた父の死は悲しくなかった。しかし一方、20歳代で管理的役割を任された重圧から逃れるため、今度は彼女自身が酒を口にするようになっていた。その後、兄弟（姉妹）のなかで悦子を最も可愛がってくれていた母が倒れた。京都の仕事は面白かった。だが、母の介護のため帰省を選んだ。その頃から徐々に酒量が増していった。そして、彼女が40歳の時に母は亡くなるが、すでにその頃は精神科病院の入退院を繰り返し、兄弟（姉妹）からも疎まれるようになっていた。
</p>

<p>
悦子は、1992年3月、私の指示に従って、警察官と一緒に受診した日から、当初はかなり辛かったが毎日通院、在宅でアルコールを断った。そして断酒会に入会。断酒会では女性の当事者が集う「アメシスト」の立ち上げにも尽力した。そして今、彼女は私ども病院が所在する町内の老人会会長を務めている。高齢化のすすむ町内ではなくてはならない存在である。<br />
2011年春、当院では老朽化した旧管理棟を解いて、新病棟を建てるべく地鎮祭を執り行った。そこで、地元町内の自治会役員の方々をお招きした。もちろん、老人会会長の悦子にも出席してもらった。その地鎮祭が行われた場所は、以前、彼女が私と最初に向き合い、さらに私が彼女に毎日通院を指示したあの診察室のあった跡だった。
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>説得より納得</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1201/20120104252.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2012:/kens//5.252</id>

    <published>2012-01-04T04:30:00Z</published>
    <updated>2012-01-04T04:39:33Z</updated>

    <summary> これまで精神科医療の世界では、統合失調症の病識欠如が大きな関心事であった。確か...</summary>
    <author>
        <name>西脇病院</name>
        <uri>http://www.nishiwaki.or.jp/</uri>
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
これまで精神科医療の世界では、統合失調症の病識欠如が大きな関心事であった。確かに幻覚・妄想の世界を信じ込み、そこで体験する内容を事実とした上で行動をとる。それは現実の世界とは全く別の世界である。もちろん、それでは現実の世界には馴染まない。そのため当事者自身も混乱するが、その当事者に関わる人たちも困惑し、現実の世界に戻そうと説得、思考の修正に躍起となる。しかし、当事者はその周囲の人たちのそんな試みを頑として受け入れず、拒絶、反発して、しばしば興奮、暴言、暴力に至る。つまり、幻覚・妄想に支配され、自らが病に侵されていると気付かない状態、これを病識の欠如と言う。<br />
結果、治療にも強く抵抗する。そこで、当事者の日本国民として有する諸々の権利を停止しても、治療を優先させる法律が必要になる。それが「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律（精神保健福祉法）」であり、そしてその治療優先の判断を行えるのが精神保健指定医である。そこで、その精神保健指定医の診察の結果、病識欠如と判断され本人の同意を得ることなく入院が可能な入院形態を「医療保護入院」「措置入院」という。いわゆる強制的入院のことである。<br />
これまでの精神科医療、精神科病院はこの2つの入院形態で行う入院治療、処遇に多くのエネルギーを注いできた感がある。確かにそれは重要なことだ。
</p>

<p>
この病識欠如と関係があるのかないのか定かではないが、2011年7月これまでの4大疾病に精神科疾患が加わり5大疾病となった。何故か5番目なのに1番多い、323万人である。それも1998年ごろから急激に増加している。このことについては、ブログ；2011年9月27日「病気が増えたんじゃなくて、病気を増やしたのかな？」でふれている。<br />
いわゆる、20世紀末以後の急増は、精神科医による心療内科を第１標榜とするクリニックの乱立で、精神科医にかかりやすくなった結果、気分障害圏とそれに重複する依存症、対人関係、情緒面で悩みを抱える人たちが精神科疾患にドッと組み入れられたためだと想定される。となると、先の精神保健福祉法を必要とする病識欠如を有する患者は、この増加にあまり関与してない、と言っていいだろう。
</p>

<p>
2011年12月26日の地元新聞に－うつ病患者の半数が1ヵ月で服薬中断、治療目標納得不十分－との記事が健康・医療欄に掲載されていた。この調査は岩田仲生・藤田保健衛生大学精神科教授らの調査によるものである。<br />
そして、その中断の理由の多くが治療目標などについて納得が不十分のためと指摘しており、岩田教授は「うつ病患者に治療の目標や見通しをよく話し、納得してもらうことが必要だ」と提言しておられる。おっしゃる通りである。<br />
ただ、患者の自己判断での中断理由は、"...改善した""飲み続けるのが心配...""なるべく服薬したくない"などである。そんな結果から推察するに、今の自己の病にためらいがある方が服薬中断されているようだ。とくにうつ病親和性の方は、概ね「几帳面・控え目・気配り」で仕事熱心である。だから、うつ病、即ち怠け者と思考し、早く治療、服薬を中断し、律儀に職場復帰を図ろうとする。これはうつ病という病に対する "否認"と言っていい。
</p>

<p>
"否認"、この用語は依存症治療の場でよく使用される。<br />
以前から、私だけでなく多くの臨床現場の精神科医らが、うつ病者と依存症者の病前性格の類似性を指摘している。いや最近では、うつ病と依存症の重複障害が治療、回復の重要な課題である。<br />
 "否認"とは自己の病を受け入れたくない、認めたくないといった意味だ。つまり「わかっちゃいるけど...」である。よって、先の「病識欠如」とは全く異なる。そのため、この"否認"への治療操作は、強制（矯正）的な対応では如何ともしがたい。もちろん精神保健福祉法を適用の状態ではない。<br />
この"否認"への対処法は、まさしく「説得より納得」である。しかし、これまで「精神保健福祉法」を行使、病識欠如の対応、対処に熱心だった精神科医療従事者にとって、"否認"への対処法である「説得より納得」について理解は乏しい。
</p>

<p>
2011年12月31日の新聞報道で－官民連携で自殺予防・特命チームの議論本格化－のなかで、「うつ病など精神科疾患への理解が不十分」とある。確かに幻聴に支配され、病識も欠如した統合失調症者が「死ね！」といった幻聴に従い自死に至る悲劇については、一般への理解は不十分だ。しかし、「...精神科疾患への理解が不十分」はこれまで機会あるごとに使用されてきた標語である。そして、うつ病、依存症者にとって、この「...理解が不十分」は"否認"を生み出す一因に過ぎない。彼らが、自らの病を否認し、治療を中断、自殺に駆り立てる要因はもっと数多々あるはずだ。だから自殺対策には、社会学、文化人類学、哲学、宗教学、経済学、法学といった様々な知見を結集し、加えて当事者と彼らに日常現場で関わっている専門家の知恵を上手く融合させる必要がある、と思うが如何なものだろうか？<br />
まずは「説得より納得」に取り組んでいる現場がどこにあるかくらいはもっと探って欲しいものだ。
</p>

<p>
月刊誌「公衆衛生」（医学書院）3月号・特集－アルコール関連問題－に私の拙文が掲載予定である。そこで "否認"、「説得より納得」についてふれている。ご一読いただければ幸いだ。
</p>

<p>
PS：また、内閣府の自殺対策特命チームは、「著名人の自殺をメディアが取り上げると自殺者数が増える」とも指摘している。その通り。メディアが自殺について取り上げるのには慎重を要する。自殺対策キャンペーンのメディアを介しての広報も同様である。その件に関しては、私はすでに2009年12月に長崎県の安直な自殺対策に関するテレビ・コマーシャルが自殺を助長しかねないと、メディア報道に対して慎重を要する旨の寄稿文を地元新聞に掲載し、警鐘を発している。今更、政府が自殺対策特命チームまで立ち上げて発表することでもないと思うのだが...。<br />

</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>理不尽</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1112/20111229251.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.251</id>

    <published>2011-12-29T12:30:00Z</published>
    <updated>2011-12-29T12:55:02Z</updated>

    <summary> 理不尽とは、正しくないことを押しきる行為、あるいは謂れのない非難がなされること...</summary>
    <author>
        <name>西脇病院</name>
        <uri>http://www.nishiwaki.or.jp/</uri>
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
理不尽とは、正しくないことを押しきる行為、あるいは謂れのない非難がなされることを言う。
</p>

<p>
今、中国から、車に轢かれた2歳の女児の前を18人が素通りする「悦悦ちゃん事件」の痛ましい映像が発信され、全世界が驚いている。これは2006年から起きている次のような問題が背景にあるとされている。それは、転んだ老人を助け起こそうとした若者が 逆に「突き倒した加害者」と訴えられ、裁判で賠償金を支払うような判決が相次いだためだ、と。<br />
つまり、「人助けをすると逆に災いに巻き込まれる」という風潮が中国国内に蔓延し、国民が人との必要以上の接触を嫌うようになってしまっているそうだ。それは理不尽な出来事である。<br />
そこで、中国は条例づくりに着手すると発表した。その条例とは、親切心で近づいた人を守るための法律になるらしい。何かおかしい？？モラルまで法で守らなければいけないのですかね。
</p>

<p>
だが待てよ！ 長崎でも同じような理不尽なことが行われている。しかも、その問題は行政主導で行われているから、始末に負えない。<br />
そう、匿名のメールが虚偽の内容、嫌がらせであっても、それを何ら検証することなく、それのみで法を行使し、その理不尽さに異を唱えても受け付けない、いやそれどころか、行政から要請され実名で意見を述べて事柄（理に適ったこと）は、全く無視されている。<br />
この理不尽な行為に対して、幾度となく行政に問いかけをしても、何らまともな返事はいただいていない。まだ、中国のモラルを守る法作りの方がましである。先に述べたようにおかしくはあるが、少なくとも中国では正直者が損をしないように、とのことで法整備はすすめられている。<br />
長崎はどうだろうか？この件に関する私のブログ（エッセイ）もずい分の数になる。もちろん、長崎県知事にもそのブログの内容はほとんどプリントアウトして手紙としてお送りしている。<br />
そんなこんなで、各方面からも色々とご意見をいただいている。そんなご意見に対して参考になるのではと思われる記事を発見した。さわりの部分を紹介しておこう。
</p>

<p>
作家浅田次郎は自著『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』（エッセイ集：文藝春秋）について、2011年暮れに発売された『週刊現代』のインタビュー記事の中で自ら次のように語っている。<br />
【そもそも小説とエッセイは本質的に違います。小説は基本がフィクション、嘘の世界。一方、エッセイは『徒然草』で吉田兼好が書いてるように、「心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつく」るもの。つまり小説は嘘つきが書いて、エッセイは正直者が書くものだ（笑）。】
</p>

<p>
これは、小説家である浅田氏ご自身がエッセイ集を出版したことに対する遠慮から述べておられるに違いない。だが、私は敢えてこの記事を引用させていただいた。ここで、私の生き方そのものが正直者である、と言うつもりもないし、その自信など更々ない。<br />
ただ、私がブログで書き続けているエッセイ擬きは、「心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつく」つもりである。よって、これまでもこれからもこのブログ上では、正直者を貫き通していきたい。とくに、世の理不尽な行いに対しては...。<br />

</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>もう少し考えてみよう！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1112/20111212250.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.250</id>

    <published>2011-12-12T13:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-12T13:27:41Z</updated>

    <summary> 東京電力の福島原子力発電所の吉田昌郎所長が体調不調から12月1日付で退任した。...</summary>
    <author>
        <name>西脇病院</name>
        <uri>http://www.nishiwaki.or.jp/</uri>
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
東京電力の福島原子力発電所の吉田昌郎所長が体調不調から12月1日付で退任した。病名など詳細が、当初公表されなかったので、メディアは放射能被爆を匂わせる報じ方をしていたように私は感じた。しかし、12月9日、東京電力が被爆と無関係、食道癌であると発表すると途端にメディアの関心は薄れたようだ。<br />
ただ、食道癌についてだが、適量飲酒者、あるいは非飲酒者に比べ多量飲酒者の発病率は100倍近くに達すると指摘されている。
</p>

<p>
吉田前所長がどのような人柄で、酒とどう付き合ってこられたか、私は知らない。ここからは、あくまでも私の勝手な推測、推理である。<br />
地震、そして津波に襲われ福島原子力発電所は、機能不全状態に陥った。その現場の最高責任者である吉田氏は、その日から、次々に発生する難題に立ち向かい、それこそ手探りで対応・対処してこられた、と報じられてきた。時には会社の上層部の指示、いや国の意向も無視した決断も行ったとも...。そんな彼は元来、使命感が強く、豪快ではあるが、繊細な人柄ではなかったろうか。そして、そんな人物で、かつ愛飲酒家であったとすれば、一息入れる時には酒量が増していたに違いない。だからこそ、あの原発をあそこまでに何とか食い止めてきた、と推測したい。
</p>

<p>
彼の病、食道癌は潜伏期間が5年間で、今回の原発事故対策とは関連がないとも東京電力が発表、それをメディアも追随して報じている。<br />
ただ、2011年3月11日からこの9か月余りに及ぶ期間、吉田前所長に襲いかかった重圧、ストレスに耐えるために酒量が増し食道癌の発症を早めた、と推理するのは、アルコール医療に携わる一精神科医の考え過ぎかもしれないのだが...。
</p>

<p>
この他にもメディアは何となく報じている。ある朝のワイドショーでは街を津波で失い自らも避難所暮らしをしながら、他の避難所を巡り市民の声に耳を傾ける市会議員が、これまで毎晩お酒を飲むことはなかったが...今、毎晩飲酒している」と。さらに、行方不明者の遺体収容（他者の変死の目撃）を連日、繰り返し行ってきた自衛隊員、警察官、消防士の諸君が地元に戻った後の、PTSD（悪夢、フラッシュバック）とそれを癒そうと増える飲酒量、そこから生じることが充分予測されるアルコール関連問題が気がかりである。
</p>

<p>
多くの被災者の方々もだが、吉田前所長、市民の安否を気遣いながら酒量の増した市会議員、そして、自衛隊員、警察官、消防士の諸君、これからの震災の復興、日本の再建に不可欠な人材である。それが、第一線を離脱されるようでは困る。そういった観点からも真に実効ある「心のケア」対策が望まれる。そういった意味で、吉田前所長の退任が被爆の影響でなくとも、もう少し考えてみてもいいのではないだろうか。
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「独裁」、それとも「大衆迎合」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1111/20111128246.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.246</id>

    <published>2011-11-28T09:41:00Z</published>
    <updated>2011-11-28T10:44:22Z</updated>

    <summary> 2011年11月27日、大阪府知事・大阪市長選挙は、橋下徹前府知事が率いる「維...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
2011年11月27日、大阪府知事・大阪市長選挙は、橋下徹前府知事が率いる「維新の会」が府・市とも勝利し、橋下徹氏は大阪市長に当選した。選挙期間中、彼は「独裁」を訴えてきた。「独裁」、危険な、ダーティーなイメージである。そして、勝利後のインタビューで、「民主主義のこの日本で独裁はあり得ません。いわゆるトップ・リーダーの決断ですよ」といった主旨のことを語っていた。なるほど、上手い選挙戦略である。<br />
これまで、住民本位のマニフェストなるものが選挙戦では飛び交い、結果、東日本大震災ではリーダーの決断力が問われ、その決断の遅れから被災地への初動、その後の支援活動などに遅れが生じた。その現実が伝えられている中で、リーダーシップのあるべき姿を危険なフレーズ「独裁」で訴えかけての勝利、お見事！
</p>

<p>
ところで、私の暮らす長崎県、長崎市であるが、規模も違えば、抱えている問題も異なる。<br />
そこのリーダーの長崎県知事は「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」と訴えかけて知事になった。また、長崎市長は「ちゃんぽんミーティング」なるものを提唱、市民との触れ合い、対話重視を訴え、これまた市長となった。<br />
「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」、「ちゃんぽんミーティング」と、何れも心地よいフレーズである。これを大衆迎合と言っていいのかな！
</p>

<p>
ただ、彼らはどちらも長崎県、長崎市の生え抜きの職員である。<br />
これまで私がここに書いてきた、5月の匿名メールによる当院への抜き打ち監査だが、メールが送られてきたのが、県の障害福祉部の指導監査課である。医療機関ではなく、福祉法人と関わりを持つ部署だ。こちらが求めたメールの部分公開においても、その課の誰が受けたのかは明らかになっていない。また、そのメールの信憑性などを協議・検討を行った記録もない、との回答ももらっている。だからもちろん、誰がそれを管轄である長崎市に下すよう指示したのかも不明である。だが、そのような曖昧な匿名のメールのみで、知事の手紙の表現によると、「独自の判断」により医療法23条による監査が直ちに行われている。それを最終的に許可したのはトップ・リーダーの長崎市長に他ならない。
</p>

<p>
「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」、「ちゃんぽんミーティング」と何れも心地よいフレーズで語りかけているが、市民の目線ではない。やはりお役人さん上がりである。誰が決断したのか責任の所在がはっきりしないではないか。
</p>

<p>
となると、橋下徹氏の危険なフレーズ「独裁」は、決断は俺が下す、だから、最終責任もこの橋下だ。それなら、私のここ数か月の体験からして、彼の「独裁」宣言を支持したくなる。<br />

</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「コンプライアンス」と「アノニマス」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1111/20111124249.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.249</id>

    <published>2011-11-24T00:45:00Z</published>
    <updated>2011-11-28T10:40:38Z</updated>

    <summary> 最近のマスコミ報道で&quot;企業、団体のコンプライアンス･･･&quot;といった表現をよく見...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
<br />
最近のマスコミ報道で"企業、団体のコンプライアンス･･･"といった表現をよく見聞するようになった。何か「コンプライアンス」なる用語が日常生活の中に溶け込んでいる感がある。「コンプライアンス」とは、日本語で「法令順守」と訳されている。
</p>

<p>
日本国憲法では、その法の下で国民全て平等である。しかし、どの社会にも諸々の差別が存在する。差別する側と差別される側、これは平等ではない。となると、この差別の存在は、「コンプライアンス」に反することになる。<br />
そこで、差別されている側、つまり被差別の立場の彼（彼女）は、自己の存在の権利と、その理解を求めて行動をおこす。それは、様々な広報・報道機関を通して行われる場合が多い。その行動に携わる被差別者の彼（彼女）は、とくに当初、ほとんどが「アノニマス」である。「アノニマス」とは、日本語で「匿名」と訳されている。<br />
このような場合の「アノニマス」は尊重されるべきである。そのような匿名制に、私は異を唱えるつもりはさらさらない。むしろ、これまで匿名を名乗り活動を続けてきた幾つかの彼（彼女）が組織する団体を支援してきた体験を持っている。
</p>

<p>
だが、「アノニマス」によるメールの投書を「コンプライアンス」（法令順守＝適正な手続きの順守）を経ないで、〝独自の判断〟で法を執行し、結果、そのメールは虚偽であった。そして、その投書の主は何らお咎めなしだ。それも民間に対して。それは、それは「コンプライアンス」にうるさい行政がである。解せない。
</p>

<p>
これから年度末にかけて、行政は、各医療機関に対して「コンプライアンス」を行っているかと、いわゆる定期監査が行われる。<br />
当院では、今年から知事が9月9日の手紙で指摘された〝独自の判断〟で、この定期監査を行ってもらうことにしょう。ただ心配なのは、当院では今年に入って電子カルテを導入した。かなりの投資の上だ。〝独自の判断〟で定期監査を行う行政の担当者にパスワードを渡して、電子カルテを下手に覗かれて壊されはしないか、と不安がよぎる。いや待てよ、確か国際的ハッカー集団に「アノニマス」ってのがあったなぁ～。「アノニマス」であれば、虚偽の投書であろうとお咎めにもならなかった長崎の行政のことである、きっとハッカー集団の「アノニマス」とも親交があるに違いない。なら、〝独自の判断〟で定期監査を委ねても大丈夫に違いない。
</p>

<p>
ところで、これまでずい分と知事に手紙を差し上げたが、返事、回答は9月9日の稚拙な内容のものだけだ。県民よる知事宛の手紙が知事の手元に届いてないのではないかと疑いたくなる。となると、県庁内の文書などの流れに関する「コンプライアンス」はどうなっているのだろうか？<br />
そうそう、長崎市長にも手紙と私の拙書をお送りした。聞くところによれば、市長は差出人がはっきりしている投書などには、必ず返事を書かれるとか...。これまた、何時から匿名「アノニマス」に傾倒されるようになったのかなぁ？
</p>

<div style="text-align: right;">草々
</div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">平成23年11月24日
</div><div style="text-align: right;">西脇病院　理事長
</div><div style="text-align: right;">西脇　健三郎
</div>         ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>住みやすい県</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1111/20111115242.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.242</id>

    <published>2011-11-15T08:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-15T07:56:25Z</updated>

    <summary> 長崎県知事 中村 法道 殿 　 前略、 今年の「住みやすい県」日本一は、福井県...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
長崎県知事<br />
中村 法道 殿<br />
　<br />
前略、<br />
今年の「住みやすい県」日本一は、福井県だった。私にはほとんどなじみのない県だ。大学時代、席次が近くて実習などでずいぶんお世話になった女医の卵だったN君が、福井に嫁いでA先生になった。彼女は数年前にご主人を亡くし、二人の娘さんは巣立って久しい。そして、今、彼女は一人で福井の地で皮膚科を開業している。年に数回、電話、メールのやり取りをしているが、最近、少し寂しそうだ。でも、今回の福井県が住みやすい県の日本一になったことで、彼女を思い出し、何かしらホッとした。
</p>

<p>
では、長崎はどうだろうか？<br />
そこでまた、匿名メールのシリーズに戻ろう。
</p>

<p>
何度もふれてきたことである。2011年5月17日、早田篤長崎市保健所所長名の「医療法25条第1項の規定」により抜き打ちの立ち入り調査が行われた。理由は、当院の医療安全に関して、長崎県に匿名の投書が寄せられ、その内容は、当院の医療安全に関することである、と。しかし、投書者の権利を守るため、それ以外は何も教えてもらえなかった。監査結果、当院に何の落度もないことが判明した。当然、その投書は虚偽であり、当院に何らかの損害を与えようとしたものであることは明らかである。そこで当院の事務部長が匿名の投書の公開を求めた。<br />
社会常識的に言えば、今度はこちらが被害者である。「知る権利」が発生したわけだ。しかし、立ち入り調査に入った長崎市保健所医事統計係奥野係長は、個人情報保護法を盾に頑として、情報の公開を拒んだ。その後も何度となく、県知事宛に手紙を出しているが、まともな回答がない。市長宛に堤出している書面、拙著もお送りしているが、受け取りの通知もない。やはり、匿名重視なのだ。だが、ちょっと待ってくれ。病院内部に何らかの損害を与える人物が存在し、その人物が虚偽のメールを公的機関に流し、それを理由に直ちに調査が行われても、実名は公表されない、咎められないと、それを何回も繰り返してもいいわけだ。それでは医療機関は患者診療どころでない、毎回その対策にてんてこ舞いである。いい医療の提供などできなくなる。質の高いしっかりとした医療を求めて毎年、定期的に監査に入られるのはどちらだったかな？
</p>

<p>
内部の通報者だが、2010年の暮れに当院では、職務上の問題、不正の疑いで、事務部門の管理者を出勤停止、そして休職扱いにしていた。そして、調査の結果、その問題と不正が判明したので、2011年11月2日付で懲戒解雇にした。多分、彼のことだろう。<br />
ただ、匿名のメールは長崎県福祉保健部監査指導課に送信されている。確か、監査指導課は福祉法人を管轄する部署のはずだ。今回、懲戒解雇になった人物は、事務部門のトップでありながら、行政との関係は他の職員に任せ、本人自身は以前の企業体との取り引きと関係に執着しており、今回の問題、不正に至ったわけである。よって、医療機関を管轄する医療政策課、あるいは精神科病院に関わりの深い障害福祉課にすらほとんど接触がないのに等しい。それが何故、監査指導課なのか。それは、彼の背景に現在の長崎県福祉保健担当の幹部職員と親密な関係があり、かつ、県内ではそれなりに影響力を持つ指南役・相談役が存在していたことが、容易に推察できる。<br />
そうでもしない限り匿名のメール一通だけで、何の協議もなく、議事録、稟議書も作成しないまま、法を行使できるわけがない。
</p>

<p>
これが長崎の行政サービスである。悪しきを助け、弱きを挫く...<br />
これでは日本で一番住みにくい県は長崎県と言うことになる。
</p>

<p>
追伸：一般企業の慣例に従い、当院でも懲戒免職者とその懲戒免職理由を院内には掲示した。だが、彼の在職中から、この問題と不正の処理の間、多くの関係業者の方々にもご迷惑、不快な思いをかけてきたことも判明した。そこで、この院内掲示内容に加えて管理者としての謝意を込めた書面を関係各位にお送りするか検討中である。また、差障りのない形でのブログアップも...。
</p>

<div style="text-align: right;">草々
</div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">平成23年11月15日
</div><div style="text-align: right;">西脇病院　理事長
</div><div style="text-align: right;">西脇　健三郎
</div>         ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>箸休め、「冠句」について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1111/20111108239.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.239</id>

    <published>2011-11-08T08:30:00Z</published>
    <updated>2011-11-15T07:48:49Z</updated>

    <summary> もう、知事への手紙、行政批判はいい加減にしなさい、とのご意見もあるだろう。私は...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
もう、知事への手紙、行政批判はいい加減にしなさい、とのご意見もあるだろう。私は"いい湯加減"、"いい味加減"は大好きだが...、いい加減な不正は許せない。<br />
だが、「その行政批判はいい加減にしなさい」とのご意見に従い、ここで一息、箸休めをすることにしよう。
</p>

<p>
京都大学大学院医学研究科、山根寛教授より、彼の著書「冠難辛句」をいただいた。<br />
私は60半ばになって、初めて「冠句」の存在を知った。なかなか面白い。ご存知の方もいらっしゃると思うが、「冠難辛句」の冒頭－サラリと（序に代えて）－の前段を引用させていただき「冠句」について説明したい。
</p>

<p>
「冠句は、松尾芭蕉（1644～1694）とほぼ同時代の元禄年間に、京の都の住人堀内雲鼓（京都市富小路五条下がる上徳寺に句碑があります）によって始められたといいます。<br />
俳句や川柳などの五・七・五の上の五文字を出題し、付句十二文字を募るもので、江戸時代に大流行した最短詩文芸です。明治の初め頃には一時衰退したようですが、昭和の初期に、太田久左太郎によって、雑俳（ざっはい）と扱われていたものから今の正風冠句が誕生したといいます。（略）<br />
冠句は、冠題（最初の五文字）が決まっていて、中七・下五の付句十二文字をつけて完成させますが、冠題と付句の間に「間」をひらけることが特徴です。俳句にみられる季語などのようにいろいろな約束事が無く、話し言葉を使って自由に思いを表現できる生活から生まれた短詩文芸です。」<br />
う～ん、江戸時代、庶民の遊び心の極みではなかろうか。<br />
私も作ってみた。以下が私の愚作である。冠題は「恋わずらい」から「精神科医」までは『冠難辛句』で出題されている冠題を拝借した。「妄想は」、「学級崩壊」、「人口爆発」は私自らの出題だ。かなり字余り、字足らずが多々あるが...初心者である、お許しいただきたい。
</p>

<p>
恋わずらい　冥途の土産にもう一度<br />
こころの病　問題だが、才能でもあり悩ましい<br />
こころの病　心療内科かハートクリニックに罹る人？<br />
新年を　　　あと何回かと思う歳<br />
初恋？　　　一度しました、後は失恋数しれず<br />
患者さま　　医者・芸者・役者も"さま"にならない<br />
認知症　　　ほどほどのボケは死も忘れ<br />
鉄格子　　　格子だけなら粋（いき）なのに<br />
精神科医　　評論家で飯を喰い（長崎だけかも...）<br />
妄想は　　　文明、文化の源泉か？<br />
学級崩壊　　なぜ喜ばない、オンリー・ワンが増えたのに<br />
人口爆発　　医学の進歩のおかげだよ（＋産業革命）
</p>

<p>
　　　　　　　　　参考図書・推薦図書<br />
　　　　　　　　　「冠難辛句」山根　寛著：青海社<br />
　　　　　　　　　　‐一片の言の葉（刃）でサラリとこころの煙突掃除－
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日本国民の常識、長崎県の非常識</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1111/20111104238.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.238</id>

    <published>2011-11-04T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-08T08:53:07Z</updated>

    <summary> 長崎県知事殿 前略、 「日本国民の常識、長崎県の非常識」今回のタイトル、私自身...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
長崎県知事殿
</p>

<p>
前略、<br />
「日本国民の常識、長崎県の非常識」今回のタイトル、私自身、長崎県民であることから、恥ずかしい。<br />
しかし、その理由（わけ）は、前回の警視庁の春日野親方への匿名のFAXに対しての対応に加えて、さらに、何時も私のブログを読んでおられる東京の知人から、メールをいただいたからである。以下が、彼のメールの内容だ。
</p>

<p>
【メールの犯人があれでは分かってしまいます。もう関係者は知っていますね。しかし、そこまでやるかと考えさせられます。メールの差出人もですが、公務員も教員も個々には能力があり、立派な考えを持っているのに集団や組織になるとどうしてこんな無茶なことになるんですか。貴君に対する回答を見ても完全に上から見下した回答ですよ。せめて同じ高さで話して欲しいものです。しかし匿名であれば逆に相手にしない。いくら苦情の電話でも自分の名前を名乗らない人には回答しない。それは常識だと私は父親や会社の新人教育で教わりました。警察の被害届も裁判の訴訟でも、国民生活センターに対する相談出版においても、国立国会図書館でさえ名前の無い書籍は『書籍に責任が持てない人の本は受け入れません』と。地域の公立図書館に聞いたところ『書いていることに責任を持てない人』と判断しているので保管しない、と言っていました。説得力があります。<br />
知事さんには、説得力のある回答＝真実を語り、まずごめんなさい、と言って欲しいですよね。『ごめんなさい』と知事が言っても県民の知事に対する評価は変わることはありません。普通のことだからです。匿名を使う人は立場が弱いと考えているのでしょうか。本当に自分をかけて戦う人は匿名をどの様な立場だろうと使いません。自分に甘えがある人や愉快犯だと分かりませんが。県もアクションを起こす前に、まず何故このようなメールが来たんだろう、と冷静に色々なケース考えなければいけませんね。考えるのが面倒くさいのですかね。どの様に動けばどうなるか、その時はどうしようかなどと、普通の人は色々なケースを想定しながら仕事しますけどね。今回の事件は、頭を使いすぎたか、全く使わなかったかどっちかですが、頭を使いすぎて穴があり過ぎたようです。貴君に指摘されあたふたして、きっと、疲れてへとへとに違いありません。】
</p>

このメールを読んで、私は彼がごく当たり前の感想を述べられていると思った。
よって、今回のタイトルは恥ずかしながら、「日本国民の常識、長崎県の非常識」とさせていただいた。知事は如何思われますか？
<div style="text-align: right;">草々
</div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">平成23年11月4日
</div><div style="text-align: right;">西脇病院　理事長
</div><div style="text-align: right;">西脇　健三郎
</div>         ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>同じことが...！でも、ずい分違うよ！！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1110/20111022237.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.237</id>

    <published>2011-10-22T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-04T02:46:34Z</updated>

    <summary> 長崎県知事殿 前略 この数年、長年の悪しき体質が問題となり、その体質改善に取り...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
長崎県知事殿
</p>

<p>
前略
</p>

<p>
この数年、長年の悪しき体質が問題となり、その体質改善に取り組んでいる「日本大相撲協会」に不祥事？が発生した。<br />
この不祥事について、メディアは次のように伝えている。
</p>

<p>
『親方の暴行が発覚したのは今月１６日。警視庁への匿名の「春日野部屋で親方が弟子を暴行した」との情報がきっかけだ。これを受け、警視庁が春日野親方から任意で話を聴いたところ、親方は暴行を認めた。 また、部屋からは折れ曲がったゴルフクラブが見つかったが、暴行を受けた３人の弟子は警視庁の任意の事情聴取に「ルールを守らなかった自分たちが悪い」などと話した。 「（けがは）問題ないです」（暴行を受けた栃ノ心） 「親方にも直接謝ってもらった。誰が悪いのではなく、みんなが悪い」（暴行を受けた栃矢鋪）　<br />
再び明らかになった相撲部屋での暴行・・・ 「教育の一環とはいえ、やりすぎたところはありました」（春日野親方） ３人の弟子にけがはなく、いずれも被害届を出さないということで、警視庁は事件として扱わない方針』
</p>

<p>
ここで私が注目したのは、警視庁が匿名の情報を「春日野部屋で親方が弟子を暴行した」と公開していることである。そして、暴行したと指摘された春日野親方に任意で話を聞いている。令状などの法的な書類は準備してはいない。
</p>

<p>
匿名の投書の取り扱いについてだが、失礼ながら、改善に努めている、といいながらも、まだまだ世間の信頼を充分に得たとはいいがたい「日本大相撲協会」の今回の不祥事、しかし、警視庁は匿名投書による調査理由をはっきりさせている。そして、任意で取り調べている。<br />
それに比べて、当院に対しては、匿名性を守るため、その投書の内容も一切公開しない。<br />
匿名の投書があったと、速やかに「医療法25条第1項」による法的な手続きをとっての当院に対する5月17日の強引な長崎県・市行政当局の立入調査。結果、当院は何の問題もなく、その投書は虚偽であった。しかも、これまで、当院は大きな問題を指摘されたこともない。何か変だ。精神科病院である、これまでも匿名によるクレームなど、行政当局に寄せられることはあった。その都度、まず、電話で、その事実確認が行われてきた。春日野親方に対する警視庁の任意の問い掛けと同じようなものである。何故である。そこまでして当院宛の投書（メール）の発信元を守るのだろうか？きっと行政にとっては大事な関係に違いない。
</p>

当院の顧問弁護士が色々調べたところによると、「医療法25条第1項」で問題が発覚すると、その医療施設の管理者は、現在の担当責任者を懲戒解雇させねばならないらしい。
となると、病院運営は滞る。なるほど最近、病院運営の仕切り直しの中で、支援のため、人材を送り込みたいと提案された機関があった。しかし、私は信頼できない、とお断りした経緯がある。
今度のこと、霞の向こうに何やら見えてきたような気がするのだが...。
<div style="text-align: right;">草々
</div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">平成23年10月22日
</div><div style="text-align: right;">西脇病院　理事長
</div><div style="text-align: right;">西脇　健三郎
</div>         ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>おっと失礼！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1110/20111017236.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.236</id>

    <published>2011-10-17T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-10-22T01:24:16Z</updated>

    <summary> 長崎県知事殿 前略 　先般、回答を求めていた匿名の投書、ないしは投稿に関する長...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
長崎県知事殿
</p>

<p>
前略
</p>

<p>
　先般、回答を求めていた匿名の投書、ないしは投稿に関する長崎県行政当局の見解について、三択で何れか一つの選択を求める問いかけをしていたが返答がない。<br />
知事自身、自分のことを事例としてあげられたことで、戸惑っておられる、いや怒っておられるのであろう！<br />
ただ、権力にこびない一県民、そして吹けば飛ぶような組織体（一民間精神科病院）が本年５月に同じ思いをしたことが少しでもお分かりいただければ幸いである。<br />
「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」とは、同じ体験、思いをしないと、なかなか知事自身のものにならないのだろう。そう、そこで始めて言葉に重み、説得力が生まれると思う。そういった意味ではよかったではないか。
</p>

<p>
おっと失礼、先般の手紙で三択から何れかの選択をと、お願いしていたが、もう一つあった。四番目の選択肢として、
</p>

<p>
「特別の人物、ないしは組織より、匿名の依頼があれば、それを尊重し、県幹部職員の独自の判断で速やかに実行する。」
</p>

<p>
これまでの経緯について、西脇病院ホームページのブログで詳細に掲載してきた。おかげで、各方面の関係者より、ご意見、ご助言をいただいている。そんな情報を総合すると、どうもこの四番目の選択肢が最も納得いくもののような気がする...。<br />
如何なものであろうか？
</p>

一つ、この四番目の選択肢も含めて、再度、長崎県行政当局の匿名による投書、投稿の取り扱いについて回答をいただきたい。一つ増えたので複数回答でも可としておく...。
<div style="text-align: right;">草々
</div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div style="text-align: right;">平成23年10月18日
</div><div style="text-align: right;">西脇病院　理事長
</div><div style="text-align: right;">西脇　健三郎
</div>         ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>長崎県政へのお願いは、実名より、こっそり匿名が...いい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/1110/20111003234.html" />
    <id>tag:www.nishiwaki.or.jp,2011:/kens//5.234</id>

    <published>2011-10-03T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-10-17T01:31:05Z</updated>

    <summary> 長崎県知事殿 前略 　日ごろ、「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」と言っ...</summary>
    <author>
        <name>admin</name>
        
    </author>
    
        <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.nishiwaki.or.jp/kens/">
        <![CDATA[<p>
長崎県知事殿
</p>

<p>
前略
</p>

<p>
　日ごろ、「人の痛み、思いを敏感に捉える...県政」と言っておられる知事殿、先般差し上げた私の手紙の確認事項についての回答をいただきたい。
</p>

<p>
確認事項①<br />
長崎県行政当局は、協議、検証もすることなく、匿名の投書を「独自の判断」で信憑性ありとして、監査に入られた。そして、それが、事実無根の投書であってもそれを問題とはしない、と確認していいか。
</p>

<p>
確認事項②<br />
当院では、過去、実名で正規の手続きのもと、県行政当局に異議を申し立ててきていた。その回答は、金子県政当時、多くの時間を要し、決して十全の回答であるとは言えないものの、一応の決着は付けられた。<br />
にもかかわらず、この半年余りの間、長崎県福祉保健部医療政策課より要請の「パブリックコメント」に対する当方の意見提出。そしてまた、長崎県福祉保健部障害福祉課より「障害者差別にあたると思われる事例募集」についても、障害福祉課の指定基準に従って事例投稿を行った。だが何れも、受理、ないしは不受理の回答すらいただいていない。
</p>

<p>
<br />
しかし、今回のメール、それも書き出しが「こんにちは、匿名でお願いします。...お助け下さい」との文面、明らかに行政に提出する文書としては、礼を欠いている、と言っていいだろう。黒く塗りつぶされて私に公開されているが、その予測される字数から、そこに信憑性を判断できる内容が書かれているとは思えない。
</p>

<p>
県当局は、そのような匿名のメールに対しての動きは機敏であった。<br />
一方で、県民の実名、かつ、手続きを踏み、礼を尽くした文書は無視しているのが、常道である。
</p>

<p>
このような事例の経緯について、知事の支援者でもあり、私と同様に医師、さらには前国会議員の富岡勉氏に、事前に当院の幹部職員が今回の経緯を説明した上で、9月22日16時に面談したところ、私のこれまでの知事に対する手紙の文面に失礼があったとのことである。この富岡勉氏も、ことの流れの中での礼節たるものが読めない方のようである。<br />
つまり、県は実名の手続きを踏んだ文書の堤出より、県当局に些か失礼な手段であっても匿名の文書を重視されることのようだ。
</p>

<p>
そこで、当方も投書したい。<br />
「こんにちは、匿名でお願いします。中村法道知事は、最近中国との関係を重視しておられるが、それは中国に親しくしている女性がいます。公費でその女性と遊興三昧です。お助け下さい」<br />
さて、この匿名の投書を①無視する。②どなたか県の職員の方が「独自の判断で」、知事にも直接面談、公費使用の領収書などを調査する。③県の関係機関が協議、検討した上で、この投書の受理、不受理を決定する。<br />
①、②、③の何れなのか回答いただきたい。
</p>

<p>
ここで、これは西脇が出しているのが明らかである。匿名でない、とおっしゃるだろう。<br />
しかし、当方の投書メールも、監査に入った長崎市地域保健課医事統計係長奥野氏が内容を明かすと投書者が特定できる、とのことであった。さらに、あの部分公開の内容からして、メールを出した人物は、これまでも県福祉保健部の幹部職員としばしばメールの交換が行われていたことが、容易に推測できる。
</p>

<p>
以上、繰り返しになるが、先の①、②、③の何れなのか回答いただきたい。
</p>

<p>
平成23年10月4日
</p>

<p>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　草々
</p>

<p>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　西脇病院<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　理事長　西脇　健三郎
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

