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マスコミを受け入れるということ(2)

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2009/03/10(火)

日本精神科病院協会雑誌別刷(2008 Vol.27 No.4)
映画の時間

私は当時、60歳近くになるそのときまで、私の「人生」にとって映画は観るものであって、制作する側になることは願望はあったとしても実現できるとは思ってもいなかった。ところが、その映画制作が一時期私の「生活」の一部になったのである。幸い、寿命(「生命」)を縮めるほどの出来事ではなかったが...。それが「いつか読書する日」(2005年モントリオール世界映画祭審査委員特別賞受賞)の長崎ロケーションであった。というのも、この作品の緒方明監督と私の病院に勤務する医師が中学校時代の同級生であったことから、この映画制作になんらかの関わりをもつことになった。

長崎でオールロケーションを行うことになったことから、ロケーションにふさわしい場所を探さねばならないと、事前に制作担当者が訪れて来た。いわゆるロケハンである。(私はそれまで映画制作にそのような作業があることすら知らなかった。)そこで、ロケーション現場として利用できる家屋が必要であるとのことだった。たまたま、私の亡くなった両親が住んでいた家がまだ空き家になったままだった。それも、山の斜面に建っていて、それまで聞いた映画のイメージにピッタリの気がしたので、早速、制作担当者を案内して、亡き両親の住まいを見てもらった。玄関、居間等、数ヵ所を眺めながら、制作担当者が「西脇さん、ここはいいですね。使えますよ!」と。これがいけなかった。乗せられてしまったのである。

それからは、診療はそこそこに、病院の相談室を撮影では会議室に、また、主人公の大場美奈子(田中裕子)が勤務し、レジを打つスーパーマーケットは、義弟が経営するスーパーマーケットにと、強引にロケ現場を決めていく私があった。私は映画人になった錯覚をおこしていたのである。そんな私に「西脇さん、どうしても1つ決まらないところがあるんです。槐多(岸部一徳)が妻の容子(仁科亜希子)を介護する住まいが見つからないのです」と制作担当者の関君が遠慮がちに...語りかけてきた。勢いとは止められないものである。「なら、うち(自宅)のキッチンとリビングを使うといいよ」と私は言った(言ってしまった)。結果、約10日間、わが家のキッチンとリビングはロケ現場となった(下の写真)。家族は妻の実家に預け、私は診療が終わり帰宅してももちろん撮影は続いている。そこで、2階の自室で息を潜めて、缶ビール片手にそれこそ、いつも読書する日々であった。

「生活」の中にしっかりと映画制作がやってきたわけだが、私は最後まで実際に参加することはなかった。やはり、映画人にはなれなかったのである。ただ、わが家が映画の中にまぎれもなく登場する。私と家族にとって、わが家を撮影に提供した数日間は、「人生」のいい思い出になることは間違いない。確かに、映画づくりとは魅力的で、見事なものである。でも私はこの多少の関わりの中で、これからも分をわきまえ、好きな映画をいつも観る側で楽しませてもらうのが性に合っている、ということを改めて悟らせていただいた。

ただ、このような経験をしたことで思うに、精神科病院を表も裏をよくわかってもらい、精神障害者についても十分理解してもらったうえで、、三谷幸喜、宮藤官九郎、周防正行あたりの脚本、監督で、親しみやすい小洒落た精神科病院物語を描いてもらいたいものである。