マスコミを受け入れるということ(4)
【 書籍・雑誌 】
2009/03/10(火)
日本精神科病院協会雑誌別刷(2008 Vol.27 No.4)
テレビの時間
大阪教育大付属池田小学校での児童殺傷事件の犯人が精神科病院で治療歴があったことで、その後、われわれ精神医療の世界にさまざまな波紋を投げかけた。確かに、どんな社会にも"光と陰"は共存するものである。精神医療(精神科病院)の"光と陰"とは、さしずめ、"光"が開放化であり、"陰"の部分が閉鎖処遇であろう。精神科病院内部で患者処遇の不祥事が発覚すると、必ずといっていいほど"光"の部分である開放化の必要性が叫ばれる。また逆に、池田小学校の時のような事件が起きると、精神障害者の野放し論と併せて"陰"の部分の適切な処遇のあり方が取り沙汰される。この事件の後もご多分にもれず、「精神医療と司法」に関する報道がマスコミ各社で繰り広げられた。
日本の西の外れに位置する私どもの病院にも全国ネットのマスコミの取材がいくつか舞い込んできた。なかでもフジテレビ「スーパーニュース」の取材依頼は熱心で、「視聴者から今回の事件の犯人がかかっていた精神科病院の内情を知りたい、との問い合わせが多い。そこで、おたくの病院のすべてを取材させてほしい」というのであった。すべてとは、まず施設環境(もの)のすべてをということになる。幸い、当院は当時、新改築を行ったばかりだった。そのため、「もの」については取材条件を満たしていた。だが、「ひと」のすべてとその「ひと」が関わる診療行為(こと)については、患者(ひと)へのプライバシーの配慮から、すべてといわけにはいかない。よって、そういった「ひと」に関する確認と了解を取り付けながら取材、撮影に入ってもらうことにした。ただ、これまでも地元テレビ局の取材にも幾度か協力してきた経験もあり、その対応には比較的慣れていたはずであった私も、そのときはこれまでと違った気遣い気疲れを感じた。それは、取材元が視聴率のかない高いフジテレビ「スーパーニュース」という報道番組だったからだろうか、それとも、この取材のきっかけが大阪の児童殺傷事件であったことから、各方面への影響を考えてのことからだろうか。
いやそれよりも、私がこの取材に協力する気になったのは「すべてを取材させてほしい」の一言だったのである。それは、私が常々思い続けてきた精神医療(精神科病院)の"光と陰"のすべてを、地域社会にうまく伝えられないものかとの思いと、妙に符合したからではないだろうか。というのも、これまでマスコミもそうだが、われわれ精神医療の世界の中でも、精神科病院の閉鎖性を糾弾し、開放的処遇をよしとし、"開放病棟がある病院がいい精神科病院"といったイメージを定着させてきた。現に長崎県下でもこの20年来、精神科病院(とくに民間精神科病院)における入院処遇より地域社会で患者を支えるといった脱病院化の動きが地元大学病院精神科の医師らを中心として展開されてきた。しかし、そういった地域一辺倒の精神医療のあり方は地域社会から受け入れられるわけがなく、その活動が不毛であったことは、今日の民間精神科病院主導の県下精神医療の現状をみれば十分理解できることである。
また、「病院中心の精神医療から地域中心の精神医療へ」と言われて久しい。だが、私はこのコピーも先に述べたように気に入らない。何も病院中心でなくてもいい、ただ、精神科病院も地域の社会資源の1つである、といった自負だけは持っておきたいものである。医療機関は地域住民の健康に対する「安心と安全」の拠り所である。もちろん、精神科病院も地域住民の心の健康に対する「安心と安全」の拠り所である。しかし一方で、地域社会の「安心と安全」を維持するための保護、収容(ただし、対象は精神症状を有する者である)といった役割を担わされているのも現実である。
とにかく、そういった地域住民と地域社会の2つの要請にバランスよく応えることで精神科病院は存続してきたわけだし、多分これからも、その役割を担い続けると私は思っている。そんな役割のすべて、繰り返しになるが精神科病院の"光と陰"のすべて伝えたいという私の思いと、フジテレビ側の「すべてを取材させてほしい」といった取材依頼が一致したからこそ、それを具体化し、映像化する過程の中での私の気遣い、気疲れがこれまでと違っていたのは当り前だったのかもしれない。
そして、2001年7月10日フジテレビ「スーパーニュース」で約20分間、「特集:知られざる精神科病院」と題して放映された。残念ながら放映は関東地域限定であったが、番組終了と同時に20数件の、それもなんと関東一円に在住の患者本人、あるいは家族から当院への受診、入院の問い合わせが寄せられた。「もっとすべてを!」ということなんだろうか?





