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エッセイ

女優の大原麗子が亡くなった。享年62歳、私と同じ歳である。何もない世界に行くにはまだ、それこそすこし早かった。もっとなが~く生きていてもよかったのに!
彼女には、一職業人としてもある種多少の思い入れがあった。それは、サントリーのCMで彼女が語りかける「すこし愛して、なが~く愛して」というコピーのためである。セリフはもちろんとても素敵だった。そして、それに加えて、当時すでにアルコール医療に携わっていた私には、それは別の意味で印象に残るCMコピーであった。

あのCMの流れる少し前、昭和55年に厚生省(現厚生労働省)と大蔵省(現財務省)共管の社団法人アルコール健康医学協会が、昭和51年に都内で泥酔者の保護人数がピークに達したことなどを受けて、飲酒による健康被害の予防啓発を目的とした「適正飲酒」なる標語を誕生させ、さらに「休肝日」を飲んべが意識するようになった時代であった。
そんな国民の飲酒動向を逸早く察したサントリーが生み出したCMがこの「すこし愛して、なが~く愛して」だなと...。いわゆる、ソフトな自主規制CMだと私は思ったものである。それを当時から今日に至るまでアルコール関連問題に関する啓発と理解を得るための講演を行うたびに、この「すこし愛して、なが~く愛して」と「適正飲酒」は同じ意味だと解説。その上で、より分かりやすく、親しめるのは「すこし愛して、なが~く愛して」であると、何時も大原麗子に軍配を上げてきた。もちろん、これからもそうするつもりである。

では、その後の国民の飲酒動向はというと、たまたまキリンとサントリーの統合のこともあってのことだろうが、つい数日前、平成21年8月8日の日本経済新聞で紙面を2頁も割いて、"飲めない訳じゃない""若者は酒離れ?"などと報じている。確かに、最近の調査でも女性の飲酒人口は増えているものの、ここ数年国民全体の飲酒量は横ばい、あるいは低下傾向にある。これはアルコール健康医学協会などの啓蒙、啓発運動が効を奏した訳ではなく、我々の生活様式、とくに対人関係のあり方の変化、多様化にあるようだ。
我々精神科の医療現場でも以前は依存症といえば、アルコール依存症の治療に専念していればよかったが、今では様々な依存の問題に対応しなければならなくなっている。依存の問題はますます複雑、深刻になっている、といっていい。

あの当時は、アルコール関連問題が様々な形で取り上げられながらも、大原麗子の「すこし愛して、なが~く愛して」のCMが流れる一方で、三船敏郎の「男は黙ってサッポロビール」といったCMも記憶している。とにかく皆が、元気のいい、もっと豊かに、といった共通の努力目標を持っていた時代だった。あの甘ったれて、魅惑的な「すこし愛して、なが~く愛して」のフレーズを頭の中に甦らせながら、また、昭和が遠くなったと思うのは私だけだろうか。