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エッセイ

我が国では、ここ十年近く、自殺者の数が年間三万人を超え続けている。自殺の原因は様々で、複雑な要因が絡み合っている。そして、心の病もその大きな一因である。しかし、これもまた様々で、うつ病、統合失調症、アルコール依存症等々、さらに、最近では強迫的ギャンブル(ギャンブル依存症)の多重債務よる自殺と多岐に渡ってきている。
そういった社会状況を受けて、長崎県でも、今月に入って全国のテレビ等で活躍中の草野仁氏を起用して、自殺予防キャンペーンの広報を民放のコマーシャル枠を利用してさかんに流す様になった。その内容は概ね次の様なものである。
まず、草野氏が県下の自殺者が年間400名に至っていること、それは1日1人以上である、と。次のシーンでは草野氏が右隅に位置し、左空間に、画面の上から‟多重債務""過剰飲酒"と大きく表示され、その下に幾つかの自殺要因がやはり表示されている。そして、その後草野氏が自殺予防対策向けらしきパンフレットを手にして語りかけるものである。
本県出身の草野仁氏の起用、頻回な放映、広報効果は期待できるだろう。また、かなりの県の予算を使ってのキャンペーン活動に違いない。しかし、「それで、どうなんだ」と言いたい。

‟多重債務"に至る強迫的ギャンブル(ギャンブル依存症)についてだが、2008年5月8日から6月6日まで、地元新聞社の記者の取材に協力して、毎回一面の約四分の一を割いて10回の連載記事を掲載した。かなり深い病理性に触れながらも、分かりやすく書かれており、なかなかしっかりした記事であった。たまたま、その記事の最終日、精神保健を担当する行政機関から、県下の精神科医療機関に一斉に強迫的ギャンブル(ギャンブル依存症)への相談、治療が可能か否かの問い合わせのメールが入ってきた。もちろん、当院もそのメールを受け取ったので、その日までの連載記事を読んだ上での問い合わせかと思い、早速その旨、電話で問い掛けてみた。ところが、その担当行政機関のスタッフは全員、その連載記事ついては、どなたも御存じなかったのである。その後、強迫的ギャンブル(ギャンブル依存症)の治療操作、回復援助を本格的に行っているのは、民間精神科医療機関の当院と回復者によって運営されている自助グループのみである。

また、過剰飲酒の結果、発症するアルコール依存症についても当院では、30数年前から、自助グループ(断酒会、AA)、それに加えて、最近では薬物依存症の回復施設(ダルク)とも連携し、独自の治療・回復プログラムを構築。また、うつ病、アディクション関連疾患(アルコール・薬物・ギャンブル依存症等々)を同一空間で入院治療を行う、といった全国で唯一のストレスケア病棟を10年前より設け、運営を行っている。しかし、残念ながら、県の自殺予防対策の広報の上位に挙げられている‟多重債務""過剰飲酒"の結果生じるアディクション関連疾患の治療・回復に取り組んでいるにも関わらず、地元大学病院の精神科を始め、県内の精神医療従事者の当院のこの取り組みに対する関心は薄く、研修どころか見学も皆無である。
とは言いながらも、当院のこの様な治療・回復プログラムについて、地域利用者の関心の高まりは年々増している。そこで、当院のスタッフは出来るだけ他県の先進的な精神科医療機関との交流に努め、スキルを高める様に心がけている。
そしてさらに、その様な地域の要請に応えるためには、より機能的な施設の整備が必要である。そのための資金として、当院は、2009年(平成21年)度第1次補正予算で創設された「医療施設耐震化臨時特例交付金」の活用を検討。それが自民党政権で閣議決定をされ、政権交代の影響がないことも確認した上で、県当局の指示に従い申請書類を整え、締め切り期限よりかなり早い時期に提出した。その後、厚生労働省に上がった平成21年度医療施設耐震化臨時特例交付金は、2009年9月4日に各都道府県に内示額が伝えられている。その内容は、業界紙「建設通信新聞」に9月10日に掲載されたにも関わらず、県当局は申請医療機関には内示がなされたことすら伝えず、それどころか改めて、厚生労働省が求める申請内容とは関係のない用件についてFAXで至急回答する様にと、申請医療機関に訳が分からないことを行ってきた。これが県職員(公務員)かと、あきれるばかりである。さらに、後ろに政治屋でも存在しているのではと疑いたくもなる。そんなことより補助を受ける医療機関は、平成21年3月末までに詳細設計を進め「基金事業計画」を作成しなければならない。よって、耐震検査、事業計画の作成等の諸々の作業をこなすための出来るだけ多くの時間が必要なのだ。せめて、交付決定の有無だけでも通知して欲しいのであるが、それすら本県では行ってくれない。そして、その一方で、多くの都道府県ではすでにかなり詳細な通知が行われていると聞く。

県当局にも、やはり、第1次予防には予算は潤沢に使う、といった100%お利口さん集団がおられ、どうもこの対策を取り仕切っているようである。第1次予防も結構だが、もっとしっかり情報を集約し、上手く連携を図る術と、効果的な治療・回復のために予算を捻出しない限り、あの草野氏起用のコマーシャルは税金の無駄使いである。