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  4. 精神科とマスコミとの関係について

エッセイ

土曜日の受診希望の電話が、病院の医療相談室に入ってきた。土曜日受診を希望される方は、企業、公的機関にお勤めの方が多い。その日の受診の方も教育機関にお勤めの方であった。外来の診察室でお話を聞く中で、彼が現場では非常に熱心に、かつ真面目に教え子に接しておられるのが伝わってきた。また、職場の同僚、部下にも気配りがきき、上司の信頼も厚い方であることも分かった。だからこそ、消耗され、不眠、抑うつ状態から職場に出る気力がなくなったことで、今日の受診を決心された、とのことである。明らかに「うつ病」になっておられる。私は早速、抗うつ剤と睡眠導入剤を処方し、しばらく自宅で静養されることをおすすめした。そして、その旨の診断書を作成し、休業の上、自宅静養に入ってもらった。
翌週来院した彼は、睡眠がとれるようになったと語られた。だが、日中、それも寝るまでの時間、一緒に生活している我が子の言動に何か苛立ちを覚え、叱りつけ、殴りたくなる衝動があると訴えてこられた。そして、ご本人は先週、初診時に見学されていたストレスケア病棟への入院を希望された。また、私もご自宅での静養は困難と判断、入院していただくことにした。
これは正解であった。彼は入院後、順調に回復され、数回の外泊時も、自宅で苛立っても静養に戻れる場がある、といった保証からか、外泊時も穏やかに家族と過ごすことができ、1ヶ月程度で退院され、それから間もなくして何事なかったように復職された。
ここで、もしであるが、当院がストレスケア病棟を準備していなくて、従来の精神科病院のたたずまいで、彼も静養目的の入院に抵抗を示し、そのまま在宅療養を続け、我が子に手を下し、それが公になったとしよう。マスコミは、『教育者、我が子を虐待!』と大きく報道するのが常である。それを読んだ読者の彼への反応は、私が初診の時に持った印象とは、全く逆だと思う。「教育者としてあるまじき行為である」として、非難の的となり、職を辞さねばならなくなるであろう。こんな事例は珍しいことではない。また、当事者の色んな生活状況が分かってくると、家庭内の様々な諍いごと、あるいは家族の別の力動が影響して、当事者の心を病み、虐待に走らせる遠因になっていることに気づかされることも少なくない。となると、彼ら虐待加害者はその前に被害者でもありうる、といった視点で捉えることは、虐待問題の対策を行なう上で重要なことだと言っていい。

そんな治療現場での体験をしている中で、地元新聞社の知己の記者から、ドメスティックバイオレンス(DV)への取材協力の依頼を受けた。一般的にドメスティックバイオレンス(DV)とは、男性が妻、ないしはパートナーに肉体的、精神的な暴力を振るうこと、とされている。しかし、英語「domestic」は「家庭の」という意味であるから、被害者の対象は妻だけでなく、両親、子にもおよぶことになる。そして、加害者が女性の場合もあり、それが我が子に向けられることもあるわけだ。
ただ、今回は一般的理解されているDV、つまり男性(主に夫)から女性(主に妻)に対する取材協力の依頼であった。断る理由もない。できるだけの協力を惜しまないと伝えた上で、加害者サイドの問題である「加害者はその前に被害者でもありうる」といった視点を持って取材をしていただくようにお願いした。
その後は、私は直接関わることなく、うちの他の精神科医、ケースワーカー(精神保健福祉士)に取材記者への対応をまかせ、さらに何人かの被害者、加害者の当事者にも取材協力の了解をいただいた。取材側の新聞社も依頼してきた記者ではなく、彼の部下の女性記者が担当することになった。
そして、取材協力があって数ヶ月後の2010年9月5日の報道プリズムに『暴力...「自分が愚かだった」(DV加害者男性のミーティング)』という見出しで掲載された。加害者男性のミーティング(自助グループ)が長崎にまだ存在していないので、佐賀、福岡まで足を延ばしての取材だったようだ。そんなご苦労の跡が紙面から伝わってくる記事であった。また、タイトル通り加害者である男性の問題も、その当事者の声、回復の場であるミーティングも紹介した上で、被害女性の声も取り上げるといった偏りのない素晴らしい内容であった。
ややもすると、精神科に関する記事は、専門性に特化した治療者、施設などの光の部分が紹介される一方で、このようなDVをはじめとする精神障害者の累犯に関する報道が対極の陰の一面として取り上げられることが多い。しかし、今回の記事は、加害者男性の回復の困難さにふれながらも、彼らの回復を図る術なくして真のDV対策はありえないことを伝えており、まさしく、光と陰の双方を報じている、と言っていいだろう。
さらに、同紙の2010年10月2日にも担当の女性記者が「DV加害者にも対策を」と題して、記者コラムの欄に掲載してくれている。こうしたマスコミサイドの光と陰にふれた報道の積み重ねが、精神科医療のよりよい理解につながり、前回ブログの精神科標榜に関すること、そしてさらに、ずい分以前に紹介した故和田公一朝日新聞記者が語り続けていた「マスコミの精神科医療への関心の乏しさと関わり方の問題」の改善につながると信じたい。そのためにも、我々精神科医には、きれいごとの講演、広報だけでなく、精神科医療の光も陰も見てもらう覚悟が必要ではないだろうか。