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エッセイ

長崎は10月7日~9日の大祭「お宮日(おくにち)」が終わるまでは、まだ夏の日差しだ。私は2010年10月2日長崎県五島列島の北部に位置する小値賀島に行ってきた。長崎県は南北に細長い県で、その細長い九州の西端の地形に向き合うように五島灘をはさんで五島列島が存在する。そうしたことで、その列島の北部にある小値賀島には、県北最大の街、佐世保市から船で渡らなければならない。
小値賀島へ行くのは2度目である。30年ほど前に県の巡回診療で五島列島を北から南まで廻って以来である。今回は「第15回・心の講演会」の演者で呼ばれた。講演会開始は14時30分からである。この歳になると少し講演慣れしてか、佐世保10時35分発、小値賀島14時着のフェリーを利用して、直ぐに講演に入っても大丈夫だと、その予定を主催者側にも伝えた。しかし、当日になると些か緊張していたのだろう。長崎市内の自宅をかなり早い時間に車で出発したため、佐世保に9時には到着してしまった。そうなると、9時20分佐世保発の高速船に乗れた。すると、小値賀島到着は10時50分。ずい分早く着いてしまった。波止場のお出迎えはもちろんない。船を降り、会場の福祉会館まで、小値賀町のメインストリート「笛吹通り」を波止場でいただいた小値賀町の観光マップを頼りに歩いて向かった。10数分で会館へ、これまた早く到着したので、関係者の方はいらしていない。では昼食でもと思い、会館の職員さんに昼食の取れる所を尋ねたところ、「あ~【ふるさと】がありますよ」と、やはり波止場でもらった観光マップで教えていただいた。え~波止場の近くかよ、また笛吹通りをテクテクと逆戻りだ。まだ夏の日差しが暑かった。でも島ならではの海風が吹いて心地いい。独りでぶらぶら歩いて島のメインストリート巡りも満更でもない。
ずい分波止場近くに戻ったところで、観光マップに従って笛吹通りから右側の細い路地に入った。【ふるさと】はすぐ分かった。店内に入ったが、昼食時なのに誰もいない。店の人も...。「ごめんください」と何度か声をかけてみた。やっと、奥から店の女将さんらしい人が出てきてくれた。入ってすぐのところにあるカウンターの椅子にかけながら、遠慮がちに「お昼いただけますか」と尋ねた。「えぇ~」とお昼の献立表を取りだし渡してくれた。意外と内容は豊富で色んな定食が用意されていた。でも、弁当にして、せっかく離島に来たんだ単品で刺身を注文した。手際良く調理され、そんなに待たされることもなく料理が出てきた。‟さぁ~いただくか"といった、そのタイミングで玄関が開いておばちゃんが入ってきた。自分もおじさん、還暦過ぎの爺なのに...失礼だけど...でもおばちゃんなんだ。「西脇先生...?」と、「えぇ~そうですが」、「私、"おぢか憩いの家"の坂木功子です。福祉会館から連絡あって、もう着かれたと?」、「一便早い高速艇できました」、「あら、独りでお昼ですか?ご相伴(しょうばん)しましょうか」、「いえ、いえ、独りで食べますんで...お気づかいなく」、「あら、刺身食べよらすと、そんならビールを頼みましょうか?」、「今から講演せんといかんから、よかです」、「まだ2時間あるもん、よかですたい」、「いえ、いえ、本当に結構です」、「そうですか。そしたら、私の自宅はこの先の突き当たりですけん、ご飯食べ終わったらお茶ば飲みに来ならんですか」、「分かりました」とご招待をお受けしたところ、「それじゃ後ほど」とあっさり坂木のおばちゃんは【ふるさと】を出て行った。ここで、やっと昼食にありつける。でも、なかなか気さくなおばちゃんだ。
後で分かったことだが、坂木のおばちゃんが所長を務める精神障害者作業所"おぢか憩いの家"は、小値賀町にとってはとても大切な財産のようだ。最近も施設が古くなったからと、町に相談したところ、移転した警察署の跡に370万円の予算をつぎ込んで改装、小洒落た施設に様変わりさせたそうである。また、この心の講演会も毎年続けて15回目である。中々継続は難しいものなのに...さすがおばちゃん!

昼食をすませると、早速、坂木のおばちゃんのお宅におじゃまし、コーヒーをいただいた。そして、おばちゃんは小値賀島のこと、精神障害者に対する思いなどなど語り出した。私も喋りは誰にも負けないつもりだが...、お喋りのとても好きな方だ。そして、長崎県の精神障害者活動所の全体会の話になった。そこで、「長崎ダルクのイケメンの人の体験談は素晴らしかったですよ」と、チョツト待ってくれ、長崎ダルクにイケメンはいないよ!? ヒョットして、施設長のヨシのこと言っているのかな?! 彼がイケメンなら、私は超一流のイケ爺だよ!! 私は携帯電話でダルクの施設長に電話を入れた。「おい!ヨシか?今、小値賀におるとバッテンお前のことイケメンと言うおばちゃんとコーヒー飲みよる」、「西脇先生??~ 何処からですか? オヂカ島ですか。何をしに行かれとるとですか??」、「講演さ、そこで今、講演前にお前のことイケメンと言いよるおばちゃんとお茶しよると。チョット変わるけん」。そこで、おばちゃんに携帯を渡した。初めての会話である。それも電話を通しての...、でも心病める者の回復に関心を持つ者同士だ。直ぐに打ち解けた会話になっていった。私はこんな悪戯(イタズラ)が大好きだ。孤軍奮闘の障害者福祉の活動家がつながりを持ち、少しでも輪が広がるのなら私のこんな悪ふざけも許してもらえるだろう。

オッとメインイベントの心の講演会こと忘れていた。私が演者なのだ。
この会は、作業所に通所する精神に障害のある当事者とボランティアの方で企画、準備、運営と全て行なわれている。それにも拘わらず当日、会場は100名の聴衆で埋まっていた。島民3000人弱なのにこの出席者数は、凄いな! 気合いが入る。夢中で講演、後日参加者のアンケートの回答が送られてきた。~面白かったが、一部聞き取りづらかった~といった記載が幾つかあった。そうなんだよね。話に熱中して、声が大きくなり音声がマイクで割れたんだ、反省...。
私の講演の後、何と、最初から出席されていた山田憲道町長より総評をいただいた。
「先生の話はHな話題もあって面白かった。そして、小値賀でも先生が言われたACT(包括型地域生活支援)をやります」って...。そうなんだよね、沢山の方が熱心に話を聞いてくださっていると、嬉しくて、つい下ネタを乱発してしまう。困ったものだ。
それから、確かに講演の中でACTについて少しだけふれている。う~ん、いいかもしれない。小値賀島には精神科医は県立精神医療センターから月に一回診療に訪れるだけだ。それがネックだが、他科では遠隔画像診断などを行なっている。精神科でも色々クリアーしないといけない問題もあるだろうが、インターネットを駆使して映像によるカウンセリング、病状の把握などを行ない、島内の診療所常勤の内科医と連絡、連携して薬物の調整とか行ない、適切な治療をすすめることができないか、それに、これまで憩いの家に関わってきた方々の体験と知恵をお借りすればいい。是非、実現させたいものである。

私がこの講演を引き受ける条件は「美味しい海の幸を食べさせてくれるなら...」だった。その夜は約束通り、期待通りのご馳走を坂木のおばちゃんはじめ、作業所に関わっている面々、そして町役場の生活課長さんも加わって一緒に食べて、飲んで、楽しかった。但し、大きな伊勢海老の刺身は、私が独り占め...美味しかった。小値賀島のみなさん、おご馳走様でした。ありがとう~♡


*ACT(assertive community treatment:包括型地域生活支援)
  【統合失調症を中心とした思い精神障害者に対して、精神医療と福祉の専門家や
当事者スタッフからなる多職種チームが、24時間365日にわたって、訪問によるサービス提供を行なうことで地域生活を援助する方法 (「ACT‐Kの挑戦」より:高木俊介:批評社)】