サッカー嫌い

12

(水)

01月

エッセイ

(A)非常に興味がある(B)興味があるC)普通(D)ほとんど興味がない(E)全く興味がない。

以上の区分で、私はEランクである。そうサッカーに全く興味がない、つまり今回のタイトルの「サッカー嫌い」なのである。理由は2足歩行へと進化した人間様が、せっかくの前足、手を何故使わないのか、ということだ。そんな私が2010年11月13日に行なわれた「第36九州集団療法研究会」で、N病院から出された演題、「看護の抱く患者像~ワールドカップ中継を巡り見えてきたもの~」のコメンテーターを仰せつかった。

N病院は、全国的に入退院の回転が非常に高く、長期に及ぶ入院患者が皆無である。演者は、そんな病院の主に回復期にある精神科疾患の方が入院しておられる病棟の看護師である。長期の入院患者でなく、それも回復期の状態で入院されている方。それは、2~3か月前に入院してきて、近々退院を控えた方々が入院している病棟であることが、容易に理解できる。といったことで、そこに入院中の方々は、演者と、そして私とも、今の社会情報については、ほぼ共有されている方々であることを意味する。
その病棟で、院長回診時に一人の患者がワールドカップのテレビ観戦を申し出た。H院長は先の区分ではAランクにあたるそうだ。その患者の申し出に「いいんじゃないの」と快諾したそうである。その後、そこの病棟スタッフは、「患者が興奮して眠らないのではないか」「病棟がざわめくのではないか」という不安に掻き立てられたそうである。分かる。私のEランクであることの理由は、あのサポーターなる存在が気になるのである。確かにうるさい。

その患者が希望したのは、23時キックオフのパラグアイ戦であった。
私は、かろうじて2010年ワールドカップが南アフリカで開催され、よって、かなりの時差が生じることは承知していた。だが、何故、対パラグアイ戦の観戦を希望したかが分からなかった。そこで、まずコメンテーターである私の質問はその希望理由であった。そこで、その一戦で日本チームが決勝トーナメントに入れるか否か、とても大切な試合であることを教えていただいた。23時ね...!? 多くの精神科病院では、ずい分以前から、大晦日の「NHKの紅白歌合戦」を見せていなかったかな...? そうすると、やはり看護スタッフは、病棟でTV観戦する方々がサポーター化するのを懸念したのであろう。幸い、病棟スタッフと患者との話し合いで約束ごとも決め、それを観戦する側も守り、何事もなかったそうだ。

ここでとても大切なことは、精神科病院といえども、いや精神科病院だからこそ外からの色々な情報が入ってくる時代になったことを、私たち精神科病院に従事する者は充分認識しなければいけない、ということである。以前、「地域に開かれた精神科病院」といったことが、私たち精神医療従事者の間で盛んに語られていた。私は当時から、宅地開発などで、ただ地域が迫ってきているだけだと思っていた。現にその後、「地域に開かれた精神科病院」が増えたわけではない。でも現在の情報化社会では、入院中の患者へその情報と情報手段の提供のあり方に関しての充分な検討が、精神科病院として生き残るための命題といっていい。
例えば、携帯電話、ノートパソコンを制限している病院で、病棟に最新の携帯電話を持参した患者が入院してきたとしよう。もちろん、そこで、携帯電話の持ち込みを制限する旨を説明する。するとそこで、その患者は「ここでは書籍の持ち込みは自由なんですよね。私はこの携帯電話を"電子書籍"を楽しむ目的で持ってきたのですが駄目ですか?」
さあ~どうする?マニュアル通り、それとも臨機応変?

話は戻るが、私どもの病院でも心の癒しを目的で、しかし、社会の空気を持ち込んでこられる方々を対象にし、平均2か月程度で入退院をしていただいている病棟がある。その病棟看護師長に後日尋ねたところワールドカップ観戦のリクエストはなかったそうである。もしあったとしても当院ではヘッドホンを複数準備している。それでTV観戦させただろうとのことであった。だが、その夜の担当看護師がN病院の看護スタッフと同じ不安を持って、私に電話でそのTV観戦の是非を問うてきたら、深夜起こされた私も許可したであろう。そして、その後、居間でTVを見て歓声を上げるAランクの妻のおかげで不眠に悩まされ、翌日の西脇病院には不機嫌な私の存在があっただろうが、その他は普段と変わりのない一日だったに違いない。