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  4. 一精神科医としての長崎への想い・「長崎の街から:番外編」

エッセイ

長崎県の医療政策課より、「長崎県医療計画(素案)」に対するパブリックコメントを求められた。そこで、私が専門とする精神科医療に関してまとめて提出してみた。ブログにおいてもそれを紹介しておきたい(一部内容が異なるが...)。なお、書き出しの部分は、過去にブログにも掲載した「長崎の街から」(『依存症治療の現場から!!』みずほ出版新社)をほぼそのまま転載している。


以下、私の意見:
『(1)長崎県の精神科医療の現状、若干歴史的背景を踏まえて
2007年、長崎で日本精精神科病院協会精神医学会が開催された。テーマは「暮らしやすい地域と精神科医療」―DEJIMA(出島)の街からの発信-であった。このテーマ、とくにサブテーマが選ばれたのを知って、今の長崎、いや、400年近く変わらぬ長崎に相応しいテーマであると感心したものである。

そこで、まず私の知る江戸時代の長崎の街について、簡単に紹介しておきたい。鎖国政策下の日本において、長崎は唯一の海外に開かれた街であったことは周知のことである。だが、オランダ船は年に2隻程度入港するに過ぎず、その交易の主たる国は明、後に清(中国)であった。そこからの交易船は年間数十隻に及び、交易量はオランダを遥かに凌いでいた。また、オランダ商館員は約200名であったが、中国人は鄭成功の乱以後、多く長崎に移住し、その数は6000名を超えていた。よって当時の長崎の街はオランダの影響はほぼ皆無で、異国からの文化、生活様式のかなりのものは中国から持ち込まれていた。
現に、中国人が手がけた俗にいう唐人寺、石橋群が多く現存し、長崎の代表的な料理は、中国由来の円卓で食事を囲む卓袱(しっぽく)料理である。
また、医療でもジェンナーの種痘法以前に、患者の瘡蓋(かさぶた)を鼻粘膜に貼り付ける漢方の免疫療法が行われていた。そして、天領長崎を治めていたのも、年に一回江戸より交替してくる奉行を補佐する役目の長崎唐通事(中国の通訳)であり、その多くはやはり鄭成功の乱後、長崎に定住した中国人であった。すなわち長崎の行政と経済は、長崎唐通事が長崎奉行、つまり江戸幕府の意向を受けて司っていたのである。
では長崎で暮らす町人はと言うと、キリシタンの潜伏を恐れた長崎奉行が、町内に相互監視の五人組制度、連座制を設け、厳しい管理体制をとり、今に受け継がれている派手な「お宮日(おくにち)」、「精霊流し」も町人自らが神社仏閣を敬い、キリシタンでないことをアピールするための幕府向けの祭りごとであった。そういったことで、長崎の街は、今日イメージする異国情緒豊かな街でも、暮らしやすい街でもなかったのである。
そして、「出島」であるが、オランダ商館員は3969坪(約1.5ヘクタール)の出島に留め置かれ、街中に出かけることは特別の行事を除き許されておらず、実は日本で初めて隔離対策がとられたところである。そこに滞在するオランダ商館員は「国立監獄のようだ」と言っていたと...。この真実を知ったら、今日のご時世―DEJIMA(出島)...をサブテーマに使用するのは些かまずかったようである。

では、現在の長崎の精神科医療の現状だが、日本精神科病院協会加入精神科病院は38病院で、他の公的精神科病院を合わせると病床数は約8000床。人口1万対の病床数55.3床(平成19年度)と、今日の地域移行対策の推し進められる中、褒められた数ではない。しかし、過去、天領であった気位の高さもあってか、県の精神保健行政当局は、少なくとも私が院長になってから、この30数年来、長崎方式とでもいうのか、国の定める法とは異なる指導をし、自らその実践を多々行ってきている。一例を挙げれば、警察官の判断で入院を可とする。

次に、第三者機関である長崎県精神医療審査会はというと、書類記載の定型文化へ執拗にこだわり、臨床現場から「精神保健福祉法」に基づく入院届けについて、書類上で選択病状に関して重大な不備があることを指摘しても、吟味することもなく無視、厚労省より訂正された書式が発行されて初めて、それを認めるといったはなはだ低調な機関である。このあたりは、江戸時代、お上からのご沙汰を待つ、といった姿勢に執着したものであろう。

そこで、我ら日本精神科病院協会長崎県支部だが、そんな県行政当局とそのチェック機関である第三者機関との関係は、馴れ合い、概ね「イエスマン」であり続けている。この体質を変えるには余ほどの外圧が必要である。だが、長崎には何時の頃からか「ドン(最下位)になるな」といった合言葉がある。だから、当面これでいいのだろう。

(2)長崎県の精神医療の現状に埋もれないために
当院の今後を語る前に、現在の精神科医療環境(マーケット)について触れてみたい。
戦後、精神衛生法が成立後、精神科病院ブームが生じた。それは、それまで未治療状態に置かれていた統合失調症(精神分裂病)の医療と保護を図る目的であった。それが戦後、日本経済成長の下支えになっていたといっていい。というのも、何となれば戦後の成長期、一人の精神障害者を在宅で家族が支えることは、当時の社会資源、個々の経済力からして無理であり、仮にそれを実行すれば、他の家族が社会の経済活動、生産活動に参入することを困難にしたからである。また、その一方で精神科病院側としては、若くして発病した彼らを保護、収容することは、社会的入院と批判されながらも、長期にわたる固定資産を得ることにもなったからである。
しかし、今日、統合失調症に対する薬物療法の進歩は目覚ましく、長期入院どころか、外来のみで治療が可能になってきている。それにも関わらず多くの精神科病院は、統合失調症入院中心主義から脱却出来ないで今日に至っている。その結果、長期入院者は、加齢に伴い当然のごとく死亡(自然減)となり、空床が目立ち始めた。そこで多くの精神科病院は、今後高齢化で増加が見込まれる認知症の入院処遇に関心を寄せている。その一方で、厚生労働省は、認知症患者の長期入院化に対して懸念を抱いてもいる。しかし、それは認知症者の余命を考える時、若くして発病した統合失調症の長期入院(社会的入院)とは比較すべきではない。それより考えるべきなのは、認知症者の多くが高齢者だということだ。そこには身体合併症が存在し、また、訪れる高齢化社会に備えて介護制度が導入されてもいる。即ち、認知症に関しては、精神科病院、一般(内科)医療機関、介護施設、何れで対応・処遇するかの検討、検証が充分ではなく、そこの議論から始めるべきではないか。

それから、今日の精神医療で最も問題なのは、自殺(うつ病、多重債務)、ドメスティック・バイオレンス(児童虐待も含む)、アルコール問題、および薬物汚染である。これらについては、その一次予防については盛んに行なわれている感があるが、二次、三次予防は殆ど手付かず状態である(*下記注釈参照)。精神科医療従事者のスキルも未熟といっていい。それは、その対象疾患が、現在の精神保健福祉法の下では、任意契約で治療を行なわなければならないことも一因である。よって、殆どの精神科医療機関(大学病院等の公的機関も)もその治療実践に至っているところはない。

そのような中で、当院は、すでに30年前より、その対応を行なってきており、10年前に新改築した治療空間はそれを意識してのものである。そして、それは効を奏している。ただ、ここにきてその評価が高まるとともに、新たな患者のニーズに応えるために、古き病棟を解体し、新病棟を建築する必要に迫られるようになった。病院経営的にはある意味かけである。だが誰かが先駆けにならねばならない。牧歌的な精神科病院から現代社会の要請に応じた機能的な精神科病院へ、そこには、煩雑な診療、多忙な業務が待っている。そのため、電子カルテ化が必須である。それに関して当院では、10年前より独自の電子システムの構築を続けており、昨年よりそのシステムを電子カルテに移行させるスキルを持つベンダーとの協同作業を行い、本年度末には精神科に特化した電子カルテを稼働できる運びになっている。
このような動き、開発・改良は、まだ、全国の精神科病院では殆ど意識されていなかったが、徐々にその関心の高まりがみられるようになってきている。そのためか、ここ数年、当院への問い合わせ、見学、研修、講演依頼が増えてきている。昨年末、行なった外資系製薬会社企画の当院発信によるWEB講演会に参加の関西地区の精神科病院長より、自ら一週間当院での研修希望が寄せられた。そして、この1月に研修を受けられた。また、WEB講演会については、さらなる要望があり、5月~6月に第2回を行う準備を進めている。

さらに、外来機能、いわゆるアウトリーチについては、今後、厚生労働省もACT(*下記注釈参照)を意識しており、それに関連する医療行為については、当院も古くから関心を寄せてきた。当院は県下で最初に精神科デイケアの認可を取っており、アルコール依存症に対する独自のデイケア、さらにデイケアの一環としてのうつ病者等に対する復職プログラム、加えて一般精神科、並びにアルコール依存症者を対象とする訪問看護の実施等を積極的に行っている。
しかし、ACTに関しては、医療機関との関係性が今後の課題であり、長崎県では、県も問題にしている精神科病床を有さない離島。そこで、援助する側とされる側の顔と顔が見える関わりを生かして試みることを提案したい。

最後に精神科救急に関してだが、そのニーズが存在することは理解できる。だが、今日の薬物療法の進歩、地域サポート体制の整備により、精神科救急の中核とされてきた統合失調症への救急対応がどれだけのものか、分析を要する。何となれば精神科救急病棟が増えることで、その病棟要件を満たすために、果たして「医療保護」「措置入院」に該当するか疑問に思われるグレーゾーンの疾患、病状がその適用病態として入院処遇されるようになっている。一方で、そのような疾患、先に述べた主にF1、F3、F4等(*下記注釈参照)に対する任意契約によるしっかりした精神科医療が施されないことで、飲酒問題行動、リストカット、大量服薬等による救急搬送が、一般救急に負担と混乱を生じさせている。その一因に、精神科医よる心療内科クリニック(ビル診療所:夜間無人)の乱立があげられる。

(3)結び
なお、このような、これまでの実践、これからの計画は、中央の精神保健に関する研究者、保健行政担当者、並びに全国の有識者との情報交換の中で構築したものである。地元長崎の精神医療従事者、有識者といわれる方々との情報交換は皆無といっていい。

*一次予防:疾病の発生を未然に防ぐ行為。
二次予防:重症化すると治療が困難または大きなコストのかかる疾患を早期に発見・処置する行為。早期発見と早期治療に分かれる。
三次予防:重症化した疾患から社会復帰するための行為。
*ACT(assertive community treatment:包括型地域生活支援)
【統合失調症を中心とした重い精神障害者に対して、精神医療と福祉の専門家や
当事者スタッフからなる多職種チームが、24時間365日にわたって、訪問によるサービス提供を行なうことで地域生活を援助する方法 (「ACT‐Kの挑戦」より:高木俊介:批評社)】
*F1:精神作用物質使用による精神および行動障害、F3:気分(感情)障害、F4:神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害。詳細に関しては「ICD10 精神および行動の障害:医学書院」を参照。