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エッセイ

もう出席が恒例になってしまった九州集団療法研究会に2011年秋、参加した。まず、S会長が開会の挨拶のなかで、精神科医療費(診療報酬)が急性期、救急に重きがおかれることで、リハビリテーションへの関心が薄れるのでは、といった趣旨のことを述べておられた。印象的だった。

急性期、救急は精神科においても、基本は感染症モデルである。つまり「有るから無い」にすればいい。細菌、ウイルスが有るのを無いようにするように、幻覚・妄想、自殺への志向、興奮が有るのを無いようにすればいいわけだ。そのために感染症と同様に薬物療法が行われる。さらに幻覚・妄想に支配され、いわゆる病識欠如の状態おける治療提供が必要であれば、精神保健福祉法を行使して、患者本人の同意を得なくとも治療が強行できる。ただ、これだけで治療関係(信頼関係)を成立させるには些か危うさが存在することを禁じ得ない。特に、長きに渡って治療の継続を必要とする慢性疾患がその多くを占める精神科疾患においては...。
一方、リハビリテーション、そして、さらなる回復、街で普通に暮らすこと、そのための関わりは感染症モデルと逆と言っていい。「無いから有る」にすることである。身体機能の不全状態では手足が動かない(無い)のが、動くように(有る)することだし、精神科領域でも日常の中で対人交流ができない、仕事ができない(無い)からできる(有る)ようになってもらうことである。
2011年12月末の地元新聞の健康・医療欄で-うつ病患者の半数が1ヵ月で服薬中断、治療目標納得不十分-との記事が掲載されていた。その自己判断での中断理由は、"...改善した""飲み続けるのが心配...""なるべく服薬したくない"などである。これは、何もうつ病に限ったことではない。統合失調症でもありうることだ。統合失調症の場合、「薬を飲むな」といった幻聴からの中断、病識欠如でも有りうることだ。しかし、精神科疾患全般において言えることは、自らの病を認めたくない。いわゆる "否認"と言っていい。
"否認"、この用語は依存症治療の場でよく使用される。
もちろん、これは依存症ではない、うつ病でない、といった思いから自己の病を受け入れる、やはり認める(有る)ことが治療、回復をすすめる上で不可欠である。

前置きが長くなってしまった。ここから、私がコメンテーターを担当した福岡県I記念病院のN作業療法士が報告され
た、「競技性を高めたスポーツグループの運営に携わって」、高い目標を掲げたバレー
ボールチームによるリハビリ活動の成果報告であるが、これを通じて気付いた私の思いを述べてみたい。

N作業療法士の報告を聞きながら、私は自らの高校時代のことを思い出していた。団塊の世代、ベビーブーマーである。自宅近くに開校された新設の公立進学校に入学した。校訓は「文武両道」であった。そんな環境の中でラグビー部に入部した。運動能力が優れていなかった私はもちろん補欠であった。そんな私をいじめ抜いていた?一学年上の先輩(母校では第1回生)のこと、その先輩が怪我で欠場した試合に彼の推薦で、私が初めて出場した公式戦のこと、親友が喫煙行為で退部した結果、転がり込んだレギュラーポジションのこと、そして、創部3年目で県大会に初優勝した時の優勝メンバーとなったこと、それは、文武両道を謳う、まだ卒業生も出ていない新設進学高校における最初の快挙であった。レギュラーメンバー一人ひとりが、全校生徒が集合する体育館で校長から賞状と盾をいただいた。進学のためだけに勉学に励む同級生からも賞賛されたが、一方で嫉妬もあっただろう。ただ、この体験は私のこれまでの人生に大きな影響を与えているのは間違いない。

どこか似ている。50年前、スポーツといえば、野球か相撲の時代だった。大学卒業したばかりの体育の教師だった監督が、進学高校でラグビーをイロハから教えて、県下のNO.1にしたこと。それと、N作業療法士が精神科病院に治療、療養目的で入院している患者にただ単にレクリエーションとしてではなく、全国大会出場といった目標を掲げ、それを達成したこと。そこに至った道程は似ているどころか、同じではないだろうか。人が人として生き、目標を持ち、ことを達成し、なかにはそこから離脱する者もいる。そして評価され、また嫉妬もされる。N作業療法士率いるバレーボールチームメンバーは、50年余り前の私とほぼ同じ体験をしている。
そこで、冒頭のS会長の挨拶に戻ろう。確かに医療である以上、救急、急性期の治療は重要だし、かつ大切であるのは言うまでもない。だが一方で、N作業療法士が率いる患者らは、自らが精神障害者であることを受け入れている。その上で、作業療法士であるN作業療法士がバレーボールに関わり持たせ、そして、それを通しての歩みが彼ら自身だけでなく、彼らを取り巻く他の患者、スタッフ、さらには病院管理者にも影響を与えている。それは遅咲きの青春かもしれない。でもそれも有りだ。だから、精神科におけるリハビリテーションも疎かにしてはいけない、と思う。
因みに、当院のテーマは「LIFE(生命・生活・人生)」である。急性期から精神科リハビリテーション、そして患者の新たな旅立ちまで網羅しているつもりだが...。まだ、実践のほどは?である。