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エッセイ

内閣府と警察庁は2012年3月9日、2011年の自殺統計(確定値)を公表した。自殺者数は3万651人で、前年より1039人減少したものの、98年から14年連続で3万人を超えた、と一斉に各新聞紙面で報じられた。
統計資料を遡ってみると14年前、それまでの自殺者は、ほぼ2万5000人以下で推移していた。ところが、1997年の2万4391人から一気に約8500人も急増し、1998年に3万2863人に達している。そして、報道の通り、以後14年間自殺者数は3万人を下っていない。確かに深刻な社会問題である。

そこで、国(内閣府)は、「お父さん、ちゃんと眠れてる?」
~不眠が続くときはかかりつけ医や専門機関にご相談ください。~
との一大キャンペーンを展開して自殺対策に乗りだした。

ここでもう一つ、厚生労働省が2011年7月に発表した数字を紹介したい。2000年当時、精神科疾患者は200万人であったのが323万人に達したとして、4大疾病(心筋梗塞・脳出血・癌・糖尿病)に次いで精神科疾患も加わり5大疾病になった。そして、その数は他の4疾病を抜いてダントツだ。それは、この10数年の間に120万人もの方々が心を病んで何らかの精神科疾患である、と精神科医に診断されたということである。となると、かかりつけ医に相談、専門医療機関へつなげる、といったキャンペーンは功を奏したことになる。

だが自殺者数は減少していない。何故だろう?
ここでまず、この精神科疾患の増加の要因について検討してみよう。社会の複雑・多様化、経済の低迷など様々なことが考えられる。そんな社会環境を受けて1998年、長崎では長崎市立市民病院の精神科は、「偏見、差別を排除し、気軽に受診を!」といった、これまたキャッチフレーズで、「心療内科」に第一標榜診療科名を変更した。もちろんそこで診療するのは精神科医である。その後、雨後の竹の子のように、長崎市を中心に県内で心療内科を第一標榜にするクリニックが開設された。それは当時から今日に至るまで、全国的な流れとなり、テレビドラマ、劇画にまでなっている。確かに一般の方々には気軽に受診できると、歓迎された。それが200万人から323万人に精神科疾患の患者数の増加をもたらした一番の理由ではないだろうか。つまり、精神科疾患の患者が、精神科医の心療内科標榜で顕在化したということだ。その多くは気分障害園、ストレス関連疾患である。おかげでコンビニ感覚で容易に受診し、悩みを聞いてもらい、抗うつ剤、精神安定剤の処方を受け、多くの方々が回復されたのは間違いないことだろう。いいことである。
しかし、一方で問題、課題も生まれている。多くの心療内科を第一標榜するクリニック(本来は精神科クリニック)は、精神科医、医事職員(受付兼務)各一名と、看護師が若干名と軽装備である。それも、市街地のビルでの診療であるから、夜間は医師をはじめスタッフは不在になる。ほとんどの精神科疾患の主訴は「不眠」である。そして、それに伴い不安、焦燥感、えん世感なのだ。そんな時の患者の「SOS」のサインは、大量服薬、リストカット、自殺企図である。その対応が、救急隊(救急車)と一般救急病院、あるいは精神科病院に求められる。
加えて、先ほど容易にと表現したが、多重受診(ドクターショピング)を安易に行い、精神科処方薬依存症の増加と不法な処方薬の売買を招き社会問題となっている。

実は、自殺対策での精神科医療の役割には、任意契約で入院契約を行える熟練した精神科医と、患者の再就労などを含めて支援できるチーム医療(ここには当事者、家族の参入も含めて)が必要なのである。
そんな体制の整備を考慮すると、これまでの自殺対策キャンペーンは見直しが必要ではないかと思っていたところで、今度は突然、「GKB-47」ときた。これはいただけないと撤回になったが、G・K、つまりゲート・キーパーなる存在のキャンペーンは引き続き行われている。何か打ち上げ花火の感がある。ところで、そんな打つ上げ花火より、このような対策には必ず行程表(Roadmap)が必要なはずだが、どうなっているのだろうか。
私は執筆を担当した月刊誌「公衆衛生」2012年3月号‐特集:アルコール関連問題-(医学書院)の「アルコール依存症者に対する治療・回復支援体制の現状と課題」において、とりあえず、アルコール関連問題に留まることなく、5大疾病の一つとなった精神科疾患の今後の医療計画、さらには、アルコール関連問題が自殺にハイリスクであることから、自殺対策として『アディクション・気分障害(重複障害を含めた)に対する重度評価基準の確立、任意契約(任意入院を含めた)における治療のすすめ方とそのためのチーム医療の充実』の2点を提案している。
さらに、かかりつけ医で、このような自殺対策に関心を持たれる他科の先生方は、在宅ネット、病・診連携ネットに熱心な先生方である。そんな観点からも、厚生労働省が押しすすめている医療情報システムのネットインフラの構築に自殺対策も参入するのが行程表の常道であると思うのだが...、如何なものであろうか。